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第七走

98:---し、たい

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 たぶん、飢えていたのだ、自分は。
 スムーズな会話というものに。
 吃音が出る前の頃と同じ様な会話に。
 読み書きは日本にはない漢字が多いのでまだ全然だが、話すのは楽しくて仕方がなかった。
 乾いた布が水を吸収するみたいに話し言葉を覚えていき、自分ってこんなに記憶力がよかったのかと驚いているところだ。 
 陸上部の方はタイムは少し伸び悩み。
 走ることには集中できていない。
 同室のよしみで新垣に教えたりしているからだ。
 堅実な走り方が自分となんとなく似ている。でも、スタミナ切れを起こさなければ後半、ぐんと加速するできるときもあり、そういう部分は空に似ている。
 海と空を足したような選手だと赤星が見込んでスカウトしてきたのだが、いかせんメンタルが弱い。
 身体だって小さいし細い。
 ああしてみたらいいぞ、自分はこうしてみたぞと気づいた時点で携帯のメモ欄を見せて教える。
 それでも足りないときは、メッセージで。
 一回、携帯の充電が無くて紙に書いて渡したらちゃんと日誌に張っていたのは驚いた。
 リアルに記憶に留めるには、携帯のメモ欄よりメッセージ。メッセージより、紙のメモがいいようだと海は気づき、それからはその場その場で新垣に紙のメモを渡すようにした。
 そのお陰で、西城の大学敷地内で行ったゴールデンウイーク合宿ではぐんとタイムが伸びて、海も自分のことにように嬉しかった。
 あらあら、このままでは追い抜かれてしまうぞ。
とちょっとした焦りも生じてきているところだ。
 イスンや若渓の質問に付き合って、中国語もとりつかれたようにやって、さらに、後輩らの指導もした上で走る。
 紬季のことをないがしろにするつもりはないが、どうしてもここが一番時間を削られてしまう。
 だから、日曜日の夜、どんな予定も押しのけて海は紬季との時間を作ってたっぷり愛し合った。
 うーん。こそばゆい。
 やりまくったという表現の方がいいのだが、会えないことに紬季がへそを曲げてしまってご機嫌取りもかねたセックスをしなければならなかったのだ。
『日曜、夜、行くから』とメッセージを送っても無視。
 行ったら行ったで布団に潜り込んでいる。
 めくれば寝間着の着込んだままで、隣に寝そべろうとすれば「どちら様ですか?」と言われてしまう。
『いや、彼氏なんですが』と無理やり隣に寝そべって抱きしめても、押し出そうとしてくる。
『ごめん、悪かった』という意味を込めて、何度も頬や首筋にキスを繰り返す。
「止めてってば。帰れ」と冷たかった紬季も、少しずつ艶っぽい声を出すようになって機嫌を治してくれる。
 尻の割れ目に手を伸ばすと、普段は海のために柔らかくされ潤っているそこは、当然、準備されていない。
 ローションやゴムを紬季のベットの下の引き出しから勝手に取り出す。
「何すんだよ」と文句も言わず、紬季は布団の中で海に下着をずり降ろされ尻を丸出しにされたまま、ローションでそこを濡らされるのを待っている。
 排泄器官から性器にするために優しく刺激しながら、紬季の服を全て脱がしていく。
 背中へのキスも忘れずに。
 そこまですればようやく紬季はこっちを向いてくれる。
 唇へのキスも許してくれる。
 そして、入れたら入れたで「放置しておいて、こうすれば許されるなんて思うなよ」と文句を言う。
 海はずっと下手に出続けながら腰を動かす。
 すねる紬季が可愛いからだ。
 こんなに長く時間が取れるのは久しぶりだったので、紬季の部屋以外のいろいろな場所でもしてしまった。
 いつもコーヒーを入れてくれるキッチン。
 キスしながらいちゃつくソファー。
 紬季が作曲などに励む作業スペースはさすがに断られた。
 その代わり和室でした。
 布団の上で紬季を組み敷いて口づけしながら何度か達すると、ゴムのストックもなくなり、最後はなにもかもが有耶無耶になって生でしてしまった。
 もともと感度がよさそうになのに、薄皮一枚ないだけで相当違うのか、正常位で奥を突くと普段は出さない「あんっ」と一段高い声が連続して出る。
 もうこなれば、中出し待った無しだ。
「---し、たい」
「しているって。してるでしょ」
 紬季が海の腕を掴みながら必死で訴えかけてくる。
 通じない。
 出したいのだ。中に。
 張り詰めた海の先端を身体の内部で味わって、終わりが近いことに気づいた紬季が、
「え?そういうこと?出したいってこと?」
とようやく、
「ダメダメダメダメ」
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