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第七走
92:何の役に立つんだよ、その経験
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『西城側の取りまとめ役は俺。くじ引きで負けた。あいつらが帰るまで、俺が主体になってもてなさなくちゃならない』
「赤星先生はなんて?」
『あー、やるのは海かあ。ま、がんばれよってエグいぐらい平等。ま、それで、いいんだけど。俺で難しいところは、宮崎や鈴木に頼めばいいし。で、相手のことが知りたくて普段、どんな練習をしているのか、目標は何なのか結構細かく質問を書いて、訳して送ったんだ。で、返ってきた答えがラーメン』
紬季が肩をすくめた。
「俺たちやる気無いですよ、ってことか」
『この西城には得にもならないイベント、実は向こうからの寄付金目的って噂だ。箱根駅伝は日本のことを知っている中国人の間ではそれなりに有名だから』
「寄付金で応援してもらうかわりに合同練習?西城って、そんなにお金ないの?」
『夏の長野の山中湖の合宿が神奈川の芦ノ湖に変わるかもってぐらい。正式な部だから大学からそれなりの予算は出ているけれど、やっぱ足りないって。遠征費とか宿泊費とか。まあ、それを考えるのはヘラオを主務らで選手の俺には関係ないことだけど。だとしてもさあ、やる気のねえ奴らと合同練習させるなんて何、考えてんだ。ヘラオのやつ。俺らのタイムが縮む訳でもあるまいし。他のおもてなし方法を考えろっつうの』
「走る気のない選手と走る気のある選手が五日間だけでも交わるんだから、海くん達だってきっと学ぶことだってあるよ」
膝枕された紬季が海を見上げてくる。
髪を撫でたい。でも、言いたい。
普通だったら同時に出来るとこがこういうとき出来なくて、海にはフラストレーションが溜まる。
さっと紬季の頭を撫でて、手はすぐキーボードに向かった。
『何の役に立つんだよ、その経験』
「西城の選手だって、ずっと走る気のある選手とやっていくわけじゃないでしょ?指導役に回ったり、全然、走ることに興味ない人に教える機会だってあるかもよ」
『体育の教免取るやつらはな!でも、俺、関係ねえし。ヘラオみたいな正論言うな。ムカムカする』
「んー。ごめん、ごめん」
謝りながら紬季が海の股間にすりすりし始める。
それ、止めろ。寝た子が起きる。
紬季を抱き上げ、向き合うようにして海は座らせると、ノート型パソコンの蓋を閉じた。
そして、呟く。
「欢迎。西条大学田径队欢迎您。享受跑步」
紬季が驚いて、海の頬を両手で押さえた。
「海くん、なんて??上手だよ。ペラペラじゃないか!え?今の中国語だよね?」
海は意味を日本語で説明しようとした。
さっきはスラスラと出てきた言葉は、また詰まってしまう。
「----こそ。か、んげい」
ようこそ。西城大学陸上部一同歓迎します。走ることを楽しみましょう。
翻訳サイトで調べたから、正しいのかは分からない。
音声アプリで確認した発音だって、ベタ読みだ。
意味が分からないまま読み上げただけ。
どうしてこれだと、スムーズに声が出せるのか、海は自分でも不思議だった。
ボイパやラップだってそうだ。
不思議な病気だ、吃音って。こうなってくると当事者なのに客観的に驚ける。
「せっかく、練習したんだ。通じるといいね!」
と言って紬季が抱きついてきた。
だが、通じて何の意味がある?俺、日本に住む日本人なのに、とその時の海は思っただけだった。
二月の半ばになって、まったりムードだった西城陸上部も少し騒がしくなってきた。
まずこの春に特待生で入部予定の近隣に住む高校三年生らが、高校が自由登校になってちらほら練習に合流し始めた。
一学年下だとさほど年齢差を感じなかったが、二歳も差になってくるとかなり年下に感じる。
もう間もなく高校を卒業するのだからそこまで子供っぽいのはいないが、海に憧れの視線は送ってくるのはなんとなく分かる。それがちょっとくすぐったい。
一緒に練習を始めてみると走り方とか身体の作り方とか年下たちの粗が見えてくる。
が、そういうのを教えたりするのはヘラオや主将、他、四年生らの役目だ。
海には特に関係ない。
西城では、記録を作るエースには練習に専念してもらう風潮が強いし、海の場合は吃音のせいでその場その場で伝えられない。携帯のメモ欄で説明を始めたら時間がかかって互いにしんどくなる。だから、後輩を育てるのは四年になったときでも他のメンバーにお任せするしかない。
そして、招かれざる客らの方は二月の末に西城陸上部のグラウンドへとやってきた。
選手は二十名。全員が、一年生だ。
一目見た彼らへの印象は、
『でけえ』
ほとんどの選手が、これまで好き放題飲み食いしてきましたというガッチリ体型だ。
長距離を走るための筋肉と、短距離を走るための筋肉は、使う部分が異なる。
だから、強い長距離選手は痩せ型で小柄な体型が多い。
「赤星先生はなんて?」
『あー、やるのは海かあ。ま、がんばれよってエグいぐらい平等。ま、それで、いいんだけど。俺で難しいところは、宮崎や鈴木に頼めばいいし。で、相手のことが知りたくて普段、どんな練習をしているのか、目標は何なのか結構細かく質問を書いて、訳して送ったんだ。で、返ってきた答えがラーメン』
紬季が肩をすくめた。
「俺たちやる気無いですよ、ってことか」
『この西城には得にもならないイベント、実は向こうからの寄付金目的って噂だ。箱根駅伝は日本のことを知っている中国人の間ではそれなりに有名だから』
「寄付金で応援してもらうかわりに合同練習?西城って、そんなにお金ないの?」
『夏の長野の山中湖の合宿が神奈川の芦ノ湖に変わるかもってぐらい。正式な部だから大学からそれなりの予算は出ているけれど、やっぱ足りないって。遠征費とか宿泊費とか。まあ、それを考えるのはヘラオを主務らで選手の俺には関係ないことだけど。だとしてもさあ、やる気のねえ奴らと合同練習させるなんて何、考えてんだ。ヘラオのやつ。俺らのタイムが縮む訳でもあるまいし。他のおもてなし方法を考えろっつうの』
「走る気のない選手と走る気のある選手が五日間だけでも交わるんだから、海くん達だってきっと学ぶことだってあるよ」
膝枕された紬季が海を見上げてくる。
髪を撫でたい。でも、言いたい。
普通だったら同時に出来るとこがこういうとき出来なくて、海にはフラストレーションが溜まる。
さっと紬季の頭を撫でて、手はすぐキーボードに向かった。
『何の役に立つんだよ、その経験』
「西城の選手だって、ずっと走る気のある選手とやっていくわけじゃないでしょ?指導役に回ったり、全然、走ることに興味ない人に教える機会だってあるかもよ」
『体育の教免取るやつらはな!でも、俺、関係ねえし。ヘラオみたいな正論言うな。ムカムカする』
「んー。ごめん、ごめん」
謝りながら紬季が海の股間にすりすりし始める。
それ、止めろ。寝た子が起きる。
紬季を抱き上げ、向き合うようにして海は座らせると、ノート型パソコンの蓋を閉じた。
そして、呟く。
「欢迎。西条大学田径队欢迎您。享受跑步」
紬季が驚いて、海の頬を両手で押さえた。
「海くん、なんて??上手だよ。ペラペラじゃないか!え?今の中国語だよね?」
海は意味を日本語で説明しようとした。
さっきはスラスラと出てきた言葉は、また詰まってしまう。
「----こそ。か、んげい」
ようこそ。西城大学陸上部一同歓迎します。走ることを楽しみましょう。
翻訳サイトで調べたから、正しいのかは分からない。
音声アプリで確認した発音だって、ベタ読みだ。
意味が分からないまま読み上げただけ。
どうしてこれだと、スムーズに声が出せるのか、海は自分でも不思議だった。
ボイパやラップだってそうだ。
不思議な病気だ、吃音って。こうなってくると当事者なのに客観的に驚ける。
「せっかく、練習したんだ。通じるといいね!」
と言って紬季が抱きついてきた。
だが、通じて何の意味がある?俺、日本に住む日本人なのに、とその時の海は思っただけだった。
二月の半ばになって、まったりムードだった西城陸上部も少し騒がしくなってきた。
まずこの春に特待生で入部予定の近隣に住む高校三年生らが、高校が自由登校になってちらほら練習に合流し始めた。
一学年下だとさほど年齢差を感じなかったが、二歳も差になってくるとかなり年下に感じる。
もう間もなく高校を卒業するのだからそこまで子供っぽいのはいないが、海に憧れの視線は送ってくるのはなんとなく分かる。それがちょっとくすぐったい。
一緒に練習を始めてみると走り方とか身体の作り方とか年下たちの粗が見えてくる。
が、そういうのを教えたりするのはヘラオや主将、他、四年生らの役目だ。
海には特に関係ない。
西城では、記録を作るエースには練習に専念してもらう風潮が強いし、海の場合は吃音のせいでその場その場で伝えられない。携帯のメモ欄で説明を始めたら時間がかかって互いにしんどくなる。だから、後輩を育てるのは四年になったときでも他のメンバーにお任せするしかない。
そして、招かれざる客らの方は二月の末に西城陸上部のグラウンドへとやってきた。
選手は二十名。全員が、一年生だ。
一目見た彼らへの印象は、
『でけえ』
ほとんどの選手が、これまで好き放題飲み食いしてきましたというガッチリ体型だ。
長距離を走るための筋肉と、短距離を走るための筋肉は、使う部分が異なる。
だから、強い長距離選手は痩せ型で小柄な体型が多い。
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