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第七走

91:へえ。いいなあ。僕もやってみたい。でも、時間制限あるか

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 幸せすぎて物足りない。
 もっと困難が欲しいなんてマゾなのかもしれない。
 普段ならシャワーを軽く浴びて、慌ただしく紬季の部屋を去るのだが、今日は外泊OKな日曜日。
 やり倒したら体力が無くなって二人して気絶するように眠るのだが、今夜、海は少し気がかりなことがあった。
 紬季が眠りに落ちたのを見届けて、紬季が用意してくれた部屋着を着込む。布団の中と部屋の温度の差に『ううっ。さびい』と思いながら、リビングに向かった。
 リュック置き場の定位置となったソファーに座る。
 ノート型パソコンを取り出して、メールを確認した。
 携帯に動悸させているから、パソコンを立ち上げなくてもメールが届いたかどうかは確認は出来るのだが、内容が分からない。
 なぜなら、海が待っていたメールは日本語では無いからだ。
 苦労して長文を書いて数日前に送ったのがようやく返信されてきたのを知ってメールを開くと、相手からは一文のみだった。
『日本最好的拉面店在哪里?』
 コピーして翻訳サイトに飛ぶ。
 約された文章にはこう書かれてあった。
 日本のラーメン屋はどこが美味いですか?
「------っ、っ、っ!」
 人の家だというのに、腹が立って床をどんどん踏み鳴らしたくなる。
「海くん?」
 ソファーで音を出さずにゴロゴロ暴れていると、部屋から紬季が出てきた。
 寝ぼけ眼だ。
「どうしたの?」
と言いながらキッチンに向かい、ウォーターサーバーから水を汲んで飲み始める。
 そして、海のいるソファーに寄ってきた。
「えへへ」と言いながら情事の疲れを少し残した顔で海の膝に横たわる。
 やり終わった後、甘えてくる紬季は可愛い。
『あいつら来るからその対応』
 海は音声AIを起動させ、空の声で返事をする。
「あいつら?ああ、中国の大学の陸上部の人たちのこと?」
 そこは新設一年目で、一年生のみ二十名しかいない。
 吉林省にある出来たばかりの私立大学で、ボンボンが通うための大学だそうだ。
 中国で、有名大学に入れない者は海外留学がデフォだったのが、近年は雨後の筍のようにあちこちに大学ができ、それも変わってきたらしいぞお、とヘラオが間延びした口調で言っていた。
 部と名打っているがサークルとほとんど変わらず、指導者も陸上をちょっとかじっただけの素人。
 そいつらが、通訳、関係者も含め総勢三十名で二月に西城陸上部と合同練習のため、やってくるのだ。
「確か、西城と姉妹校提携してるんだっけ?」
『そう。だから来る。遊びに』
 合同練習は五日間。
 たった五日だが、海にとっては長すぎる。
 部員だっては皆 ヘラオの通達に非難轟々だった。
 実力が違いすぎたら、練習にはならないからだ。
 もうこう言っちゃ何だがもう指導するようなもんだ。
 海は最初は『走るのが好きならいいんじゃねえの』と思っていたのだが、向こうの取りまとめ役から返ってきたメールを見て、考えを変えた。
『フィナーレは相模湾ハーフマラソン。西城の部員はやつらが走りきれるよう伴走までしてもてなす。ペースメーカー的な感じでな』
「へえ。いいなあ。僕もやってみたい。でも、時間制限あるか」
『人も大勢だしな。最初からビリケツスタートならいいかもしれない。いつか、やってみるか?リスト十に書いておけばいい』
 海が提案すると、紬季が「ふ、ふ、ふ」と思わせぶりに笑った。
「リスト十はもう埋まっているんだ」
『へえ。何?』
 海は、テレビ横の背の低い棚に飾られた箱根駅伝区間賞の額の隣の額を眺める。そこに、やりたいことリストを飾ることにしたのだ。でも、リスト十は空欄だった。
「エヘヘ。まだ内緒」
『教えろよ』
 そう打ってから、海は脇腹をくすぐる。
 十個のリストに書かれたことは、成し遂げるのを手伝う。それは出会った当初からの約束だ。
「もうちょっとたったら。あひゃ、あひゃひゃ。くすぐったっ」
 紬季が降参して起き上がった。海は、真顔に戻って先程翻訳した画面紬季に見せる。
『紬季とじゃれ合ったら元気になれた。でも、肝心なことは何も解決していないな』 
「なになに?ラーメン?うわあ、親日だねえ。あ、でも、ラーメンの発祥って中国か」と言う。
 海は『YOU WIN!』と書かれた紙切れをリュックの前ポケットから出して、リビングテーブルの上にパンッと置いた。そして、キーボードを叩き始める。
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