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第六走

85:紬季が満足したら、今度は俺な。部が休みの三日間獣みたいにやりまくるつもりです

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「本当に賞状よかったの?僕の家で?」
『大学にはトロフィーがあるし。実家には飾りたくねえしっていうか、紬季の部屋に飾ってもらいたい、俺』
「そっか。あの……おめでとう……ね」
 海がふっと笑いながら頷く。
『さて。渡すものは渡した。まず、何する?』
「何って……その」
『する前にソファーで話がしたいとか、和室で寝っ転がりたいとか、色々紬季にだってプランがあんだろ?俺、最初は、それに従う。けど、紬季が満足したら、今度は俺な。部が休みの三日間獣みたいにやりまくるつもりです』
「丁寧に過激なんだけど。それに、獣?」
『うん。前、オナ禁したら、心が爆発しそうって紬季言っただろ?俺、んなわけあるかって思ったんだけど、ありそうだわ、それ。何か、紬季を目の前にすると、鼻血出そう』
「僕……」
 言いよどむと『ん?』と海が首を傾げる。
「海くん、走っている姿を見て、鳥肌が立った。テレビに映っているこの人、もうすぐ僕のことを抱きに来るんだって」
 紬季が決心して伝える。
「僕、お風呂入ったよ。朝から張り切って部屋も綺麗にした。何回もするだろから、ベタベタになった用に換えのシーツだって何枚も用意して。……どうしよう」
 もうわけが分からなくなって紬季は両手で顔を覆う。
 すると、海が紬季の顎に羽のみたいなタッチでふわっと触れ、覆った両手を優しく取り払い、クリスマスの別れ際みたいに鼻先を紬季の鼻の頭にこすりつけてきた。
 そして、『もう言葉では伝わらないから、無しな』とメッセージしてくる。
「うん、そうだね。さっき、伝えようとすればするほど、僕、混乱した」
 海が着ていたランニングジャージをするりと脱ぐ。
「それ、箱根駅伝でも着ていたね。テレビにバッチリ映っていた。わあ、なんか、夢でも見ているみたい」
 久しぶりに見る海の半裸に目がチカチカする。
 もう喋らないと決めたはずなのに。
 カチカチの腹に目が行く。
 それに、脂肪のまるで無い引き締まった腕。
 踊るように、海がズボンを脱いだ。
 細くてしなやかな筋肉が詰まった足が現れる。
 ポイポイと靴下までリズムよく脱いで、さあ、ここからだと紬季が覚悟すると、側に寄ってくると思った海がなぜか、後ろ足で紬季から遠ざかっていく。
「え?海くん?何で?」
 近づくと、焦らすように海がまた後ずさる。
 すごく緊張して構えてしまっているけれど、本当は海の硬い腹を触りたいのだ。
 二十一・三キロを駆け抜けた足を撫でたいのだ。
 オナ禁させられた上にお触り禁止までされられて、アスリートを性的な目で見るなんてという紬季のこれまでの必死の自制も、もうどこかに吹っ飛んだ。
 本当に素晴らしいものって、エロに直結しているのかもしれない。
「待って。海くん、待ってって」
 以前なら、浴びるほど与えられていたキスも、スポーツマッサージや保湿を借りた接触も、添い寝も、いつからか途絶えてしまっている。
 俺に飢えればいい、と海が前に言った。
 本当にその通りになった。
 いや、まんまと、か?
 砂漠で見つけたペットボトルいっぱいの水みたいに、早く捕まえて彼を飲み干したい。
 紬季が追いかけていくと、ボクサーパンツ一枚になった海が、すっかり持ち歌みたいになったカラオケの曲を鼻歌しながら、からかうようにリビングを回り始める。
 これからセックスするという緊張で頭が回らなくなっていた紬季も、海のこの長いお預けが変だなと感じる。
 あれ??箱根駅伝一区を走って区間賞を獲ったあの身体、もしかして、僕のことを誘っている?!
 自慰行為を長く禁止されて、ちょっと頭がおかしくなっているのかもしれない。
 まだ鼻歌は続いていた。
 リビングを一周した海は、今度はリュックから粘度のある液体が入ったボトルを取り出した。
 ローションボトルだ。
 なぜ、すぐ分かったのかというと、サイトで購入するときに迷って買わなかった方だからだ。
 続いて海は、ビニールでコーティングされた箱を取り出す。
 0.001ミリの薄さのコンドームだ。
 相手の肉の熱さまでしっかり感じられるそれは、六個しか入っていないがそこそこいい値段がする。
 セックスを楽しむために存在するその商品は、紬季も迷わず買った。
 海は箱からケースに小分けにされたコンドームを取り出して、床に間隔を開けて置いていく。
 最後のコンドームが置かれた場所は紬季の部屋の前だ。
 そして、半裸の海は、どうしてこの部屋の扉は仕舞っているのだろうというように、子猿のようにしゃがみ込んで首を傾げる。
 紬季は目印のよう置かれたコンドームを拾い、部屋の扉を開けた。
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