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第六走

84:今まで生きてきた中で、一番気持ちのいい走りが出来た

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 そして、その瞬間だけ弟の空そっくりな満面の笑み。
 その笑みが分かっているのは、全世界で紬季だけ。
「あーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
 紬季は、ソファーから床に転げ落ちた。
「海くん。マジで取りやがった、区間賞。有言実行だ」
 もともとその実力があったのは知っている。
 じゃなきゃ、二年連続で一区は走れないし、区間賞も取れない。
 だが、今年は紬季との約束が一パーセントぐらいは後押しした。
 CMが開けて、少し経ってから選手インタビューとなる。
 海はマイクを向けている全テレアナウンサーの隣に、二十一・三キロを一時間と少しで走ってきたとは思えない平然とした顔で立っている。
「またこのアナウンサーか」
と紬季は呟いた。
 局の意向なのかもしれないが、感動ポルノで視聴率を狙う系の人だ。
 去年も海のことを「重度の吃音を抱えて頑張っていらっしゃる」などと嫌な持ち上げ方をしていた。
 そして、海はシラーっとしていて、その顔は傑作だった。
 今年もアナウンサーは、「今のお気持ちを表現して貰えないでしょうか?」とマイクを向けてきた。吃音の海に「一言でも喋って欲しい」と言えば炎上するので、別の表現で喋らせようと仕向けてきて、海は「お前、馬鹿だな」というようにアナウンサーの顔を見てお得意のシラーっとし、その後、テレビに向かって軽く礼をしただけだった。
 海の方がよっぽど大人だ。
「ありゃりゃ」 
 何人かのインタビューが終わり、二区は二区での争いがあって、だが、西城はいいところを見せられずに追い抜かれ、三区でも四区でもずるずると順位を下げ、五区で少し巻き返した。
 現在の順は八位。
 白山の方はというと三位といういい位置に付けている。
 明日の復路には、爆走モンスターの空が控えている。
 最後までどうなるかわからないので、白山の原監督は笑いが止まらないまでは行かないだろうが、ニヤニヤぐらいはしていそうだ。
 紬季は海が落ち着いた頃を見計らってメッセージを送る。
『海くん。お疲れ様。ずっとテレビで見ていたよ。区間賞おめでとうごさいます』
 海の走区は終わったが、明日は復路。
 箱根の芦ノ湖までいった襷は、大手町までまた戻ってくる。
『今まで生きてきた中で、一番気持ちのいい走りが出来た』
と少し遅い時間にメッセージが戻ってきた。
 翌日の往路は、スタートの六区から順位を下げ結局、海が大学二年の西城の順位は、七位で終わった。海の区間賞だけが目立つ、ちょっとワンマンなチームという印象の解説に、紬季も「まあ、海くん以外の選手が育ってないのは確か」と不服ながら納得する。
 海が一年生で西城に入ってから、赤星の目下の課題はそこなのだ。
 白山は二位だった。
 箱根駅伝二連覇も大学三大駅伝連覇も阻んでくるチームが急に現れるのだから、駅伝は恐ろしい。
 西城では四年生は箱根駅伝を持って大学陸上生活を終える。
 駐車場で四年生を加えた箱根駅伝走者と補欠、マネージャー、そして赤星がそこに加わって円陣を組み、「お前たちは強い。解散!」と赤星が言って、その瞬間からもう次年度に主将も主務も何もかもが変わる。次年度の主将は長友という実直な性格の男で、主務はなんと笠間だ。
 新生西城陸上部の初動は、一月七日から。
 大晦日も正月も選手には無かったので、一月四日から六日までの三日間が遅い正月休みになる。
 三日の夜に寮に戻ってきた海から、『四日の昼に行く』という連絡があった。
 朝から、いや、そのずっと前からソワソワしながら、紬季は海が部屋に来るのを待っていた。
 外玄関のチャイムが鳴り、紬季はドキーンとした。
 そして、海はカードキーを預けているのにおかしいなと思ってインターフォンの画面を覗き込むと、映っていたのは平べったい大きめなダンボールを持った配達員だった。
「僕、緊張しすぎだ」と笑っていると、その直ぐ後にランニングジャージ姿の海がやってきて、配達員と一緒に外玄関を潜っていく。
 そして、彼らは二人同時に紬季の部屋にやってきた。
 二人して、「あれ?」みたいな顔をしているのが面白い。
 紬季が荷物を受け取ってリビングに戻ると、海がリュックから筒を取り出し、そこから丸まった紙を出してきた。それが開かれる。
「うおおおお!これが、箱根駅伝の区間賞の賞状!」
 海が卒業証書授与式みたいに紬季に渡そうとしてきた。
 箱根駅伝一区区間賞 烏堂海殿と達筆な文字で書かれている。
「待って。ちょうど額が来たから」
 ダンボールをバリバリ破いて、二枚頼んだ額のうち、一枚を出す。
 海から恭しく受け取ってそれを納めた。もう一枚の額は他のに使う予定だ。
 賞状を入れた額をテレビ横の背の低い棚に飾る。
 なんというか、そこだけピカーンと光り輝いているようだ。
 思わず、手を合わせる。
『拝むなwww』
 海が紬季を突いて、メモ欄を見せてきた。
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