【修正予定】君と話がしたいんだ

遊佐ミチル

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第六走

78:ウドオーーー!!!

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 鈴木が合図して、ラップで入るタイミングを教えてくれる。
 なんとなく身体を揺らしてそれを計るのだが、
「藤沢っ!!そうじゃねえ。こうだ、こう」
と鬼教官と化した鈴木がラップ指導してきて、海は海で大平からボイスパーカッションの基本を習っているようだ。ドゥ、ドゥと唇を鳴らしている。
 そして、メインパートの宮崎はひたすら、サンシャインだとか前に前にだとか明るい歌詞を紡いでいて、カラオケボックスの一室はカオスだ。
 歌が三巡目、四巡目とするうちに、紬季はなんとなくタイミングも分かってきて、海は、『ドウ、ダ、パッ』などボイスパーカッションのアレンジも増えてきて、シンバルの『プシーッ』という音まで出せるようになった。
「やっぱな。唇を震わせるだけで声は関係ねえから、烏堂にも出来ると思ったんだよ」
と大平が笑う。
 なんとなくそこから五人一体感が出てきて、みんな、思い思いに身体を動かして歌って踊った。
 鈴木がファスト・フィニッシュ・トレーニングよりきついと言っていたが、それは大袈裟ではなかったようだ。皆、汗をダラダラ流して、最初は絶叫すらできていた声だってかすれてくる。部員じゃない紬季なんでもうヘトヘトだった。
 一旦休憩ということになり、音だけ流しながら皆ソファーに座ってドリンクを飲みはじめた。
 すると、曲の後半になって海が急に立ち上がり、ハワイの海の映像が流れるテレビの前に立った。
「どした?一人でボイパやんのか?」
と大平が話しかけるが、どうもそのリズムではないみたいだ。
 皆で見守っていると、口元にマイクを持っていた海がすうっと息を吸い込んで、英語交じりのお経みたいな一番難しい部分をスラスラと歌い始めたのだ。
 ワンフレーズだけ。
 そして、クルッと振り向いて、『あ?俺、歌えるわ』みたいな顔をした。
「おおおっ!」
「ウドオーーー!!!」
 海が吃音で苦労しているのは、同じ陸上部で、しかも同学年だからかなりよく知っているはずだ。
 だから、驚きが半端ない。
 キスする仲の紬季だって、歌声は衝撃だった。
「お前、え??」
「歌えんのお??」
 すると、海が携帯のメモ欄に何か打ち込み始める。
『俺もびっくり』
「こっちの方がもっとびっくりだわっ!」
 そこから、海は自分が歌えそうなメインパートを宮崎と一緒になって歌い、ボイスパーカッションができそうなところは大平とアレンジをしながら楽しんでいた。
 最高に楽しい時間だった。
 きっと、海もそうだったろう。
「いやあ。今日は凄かったわ」
 二十二時近くになり、皆でカラオケボックスを出る。
「また、やろーぜ。藤沢はラップ特訓だからな」
「教官、怖っ!」
 ゲラゲラ笑いながら五人して駅を通りぬける。
 歩くのが遅い紬季は皆の速度を落とさせてしまったのは申し訳ないと感じたが、それ以上の興奮で卑屈な感情は沸かなかっった。
「じゃあ、ここで」
 ロータリーまで行って、紬季はそこで手を振る。
「紬季氏はどこに住んでんの?」
 大平に聞かれ、紬季は少し恥ずかしさを覚えながら「ここら辺」と伝えた。
「マジかよ」
「このセレブめ」
「やっぱり特訓だ」
と三人が笑い合う。
「時間、大丈夫?」
「あ、そうだな。烏堂をちゃんと連れて行かないとな。さすがに、二回も門限破りをやらかしたら退部かもしれないし」
「うわあ。それは大変!行って行って!」
 紬季が急かすと、三人がそれぞれ手を振る。
 遅れて海も振ってくれた。
 いつもは、部屋まで送り届けてくれるので、こういう別れ方がなんだか恥ずかしかった。
 一人が走り出すと、つられるように他も走り出す。
 まるで、練習終わりのジョグみたいだ。
 彼らの姿が完全に見えなくなってから、紬季は部屋に戻った。
 海との別れ際はいつも寂しい。
 禁止されていても、触っていはいけない部分に手が伸びそうになる。
 でも、今夜は、遊び回った子供みたいに疲れて充実した気分で眠りにつけた。

 駆け足で十二月がやってきた。
 お坊さんも駆けるぐらい忙しい季節というのは本当のようだ。
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