78 / 136
第六走
78:ウドオーーー!!!
しおりを挟む
鈴木が合図して、ラップで入るタイミングを教えてくれる。
なんとなく身体を揺らしてそれを計るのだが、
「藤沢っ!!そうじゃねえ。こうだ、こう」
と鬼教官と化した鈴木がラップ指導してきて、海は海で大平からボイスパーカッションの基本を習っているようだ。ドゥ、ドゥと唇を鳴らしている。
そして、メインパートの宮崎はひたすら、サンシャインだとか前に前にだとか明るい歌詞を紡いでいて、カラオケボックスの一室はカオスだ。
歌が三巡目、四巡目とするうちに、紬季はなんとなくタイミングも分かってきて、海は、『ドウ、ダ、パッ』などボイスパーカッションのアレンジも増えてきて、シンバルの『プシーッ』という音まで出せるようになった。
「やっぱな。唇を震わせるだけで声は関係ねえから、烏堂にも出来ると思ったんだよ」
と大平が笑う。
なんとなくそこから五人一体感が出てきて、みんな、思い思いに身体を動かして歌って踊った。
鈴木がファスト・フィニッシュ・トレーニングよりきついと言っていたが、それは大袈裟ではなかったようだ。皆、汗をダラダラ流して、最初は絶叫すらできていた声だってかすれてくる。部員じゃない紬季なんでもうヘトヘトだった。
一旦休憩ということになり、音だけ流しながら皆ソファーに座ってドリンクを飲みはじめた。
すると、曲の後半になって海が急に立ち上がり、ハワイの海の映像が流れるテレビの前に立った。
「どした?一人でボイパやんのか?」
と大平が話しかけるが、どうもそのリズムではないみたいだ。
皆で見守っていると、口元にマイクを持っていた海がすうっと息を吸い込んで、英語交じりのお経みたいな一番難しい部分をスラスラと歌い始めたのだ。
ワンフレーズだけ。
そして、クルッと振り向いて、『あ?俺、歌えるわ』みたいな顔をした。
「おおおっ!」
「ウドオーーー!!!」
海が吃音で苦労しているのは、同じ陸上部で、しかも同学年だからかなりよく知っているはずだ。
だから、驚きが半端ない。
キスする仲の紬季だって、歌声は衝撃だった。
「お前、え??」
「歌えんのお??」
すると、海が携帯のメモ欄に何か打ち込み始める。
『俺もびっくり』
「こっちの方がもっとびっくりだわっ!」
そこから、海は自分が歌えそうなメインパートを宮崎と一緒になって歌い、ボイスパーカッションができそうなところは大平とアレンジをしながら楽しんでいた。
最高に楽しい時間だった。
きっと、海もそうだったろう。
「いやあ。今日は凄かったわ」
二十二時近くになり、皆でカラオケボックスを出る。
「また、やろーぜ。藤沢はラップ特訓だからな」
「教官、怖っ!」
ゲラゲラ笑いながら五人して駅を通りぬける。
歩くのが遅い紬季は皆の速度を落とさせてしまったのは申し訳ないと感じたが、それ以上の興奮で卑屈な感情は沸かなかっった。
「じゃあ、ここで」
ロータリーまで行って、紬季はそこで手を振る。
「紬季氏はどこに住んでんの?」
大平に聞かれ、紬季は少し恥ずかしさを覚えながら「ここら辺」と伝えた。
「マジかよ」
「このセレブめ」
「やっぱり特訓だ」
と三人が笑い合う。
「時間、大丈夫?」
「あ、そうだな。烏堂をちゃんと連れて行かないとな。さすがに、二回も門限破りをやらかしたら退部かもしれないし」
「うわあ。それは大変!行って行って!」
紬季が急かすと、三人がそれぞれ手を振る。
遅れて海も振ってくれた。
いつもは、部屋まで送り届けてくれるので、こういう別れ方がなんだか恥ずかしかった。
一人が走り出すと、つられるように他も走り出す。
まるで、練習終わりのジョグみたいだ。
彼らの姿が完全に見えなくなってから、紬季は部屋に戻った。
海との別れ際はいつも寂しい。
禁止されていても、触っていはいけない部分に手が伸びそうになる。
でも、今夜は、遊び回った子供みたいに疲れて充実した気分で眠りにつけた。
駆け足で十二月がやってきた。
お坊さんも駆けるぐらい忙しい季節というのは本当のようだ。
なんとなく身体を揺らしてそれを計るのだが、
「藤沢っ!!そうじゃねえ。こうだ、こう」
と鬼教官と化した鈴木がラップ指導してきて、海は海で大平からボイスパーカッションの基本を習っているようだ。ドゥ、ドゥと唇を鳴らしている。
そして、メインパートの宮崎はひたすら、サンシャインだとか前に前にだとか明るい歌詞を紡いでいて、カラオケボックスの一室はカオスだ。
歌が三巡目、四巡目とするうちに、紬季はなんとなくタイミングも分かってきて、海は、『ドウ、ダ、パッ』などボイスパーカッションのアレンジも増えてきて、シンバルの『プシーッ』という音まで出せるようになった。
「やっぱな。唇を震わせるだけで声は関係ねえから、烏堂にも出来ると思ったんだよ」
と大平が笑う。
なんとなくそこから五人一体感が出てきて、みんな、思い思いに身体を動かして歌って踊った。
鈴木がファスト・フィニッシュ・トレーニングよりきついと言っていたが、それは大袈裟ではなかったようだ。皆、汗をダラダラ流して、最初は絶叫すらできていた声だってかすれてくる。部員じゃない紬季なんでもうヘトヘトだった。
一旦休憩ということになり、音だけ流しながら皆ソファーに座ってドリンクを飲みはじめた。
すると、曲の後半になって海が急に立ち上がり、ハワイの海の映像が流れるテレビの前に立った。
「どした?一人でボイパやんのか?」
と大平が話しかけるが、どうもそのリズムではないみたいだ。
皆で見守っていると、口元にマイクを持っていた海がすうっと息を吸い込んで、英語交じりのお経みたいな一番難しい部分をスラスラと歌い始めたのだ。
ワンフレーズだけ。
そして、クルッと振り向いて、『あ?俺、歌えるわ』みたいな顔をした。
「おおおっ!」
「ウドオーーー!!!」
海が吃音で苦労しているのは、同じ陸上部で、しかも同学年だからかなりよく知っているはずだ。
だから、驚きが半端ない。
キスする仲の紬季だって、歌声は衝撃だった。
「お前、え??」
「歌えんのお??」
すると、海が携帯のメモ欄に何か打ち込み始める。
『俺もびっくり』
「こっちの方がもっとびっくりだわっ!」
そこから、海は自分が歌えそうなメインパートを宮崎と一緒になって歌い、ボイスパーカッションができそうなところは大平とアレンジをしながら楽しんでいた。
最高に楽しい時間だった。
きっと、海もそうだったろう。
「いやあ。今日は凄かったわ」
二十二時近くになり、皆でカラオケボックスを出る。
「また、やろーぜ。藤沢はラップ特訓だからな」
「教官、怖っ!」
ゲラゲラ笑いながら五人して駅を通りぬける。
歩くのが遅い紬季は皆の速度を落とさせてしまったのは申し訳ないと感じたが、それ以上の興奮で卑屈な感情は沸かなかっった。
「じゃあ、ここで」
ロータリーまで行って、紬季はそこで手を振る。
「紬季氏はどこに住んでんの?」
大平に聞かれ、紬季は少し恥ずかしさを覚えながら「ここら辺」と伝えた。
「マジかよ」
「このセレブめ」
「やっぱり特訓だ」
と三人が笑い合う。
「時間、大丈夫?」
「あ、そうだな。烏堂をちゃんと連れて行かないとな。さすがに、二回も門限破りをやらかしたら退部かもしれないし」
「うわあ。それは大変!行って行って!」
紬季が急かすと、三人がそれぞれ手を振る。
遅れて海も振ってくれた。
いつもは、部屋まで送り届けてくれるので、こういう別れ方がなんだか恥ずかしかった。
一人が走り出すと、つられるように他も走り出す。
まるで、練習終わりのジョグみたいだ。
彼らの姿が完全に見えなくなってから、紬季は部屋に戻った。
海との別れ際はいつも寂しい。
禁止されていても、触っていはいけない部分に手が伸びそうになる。
でも、今夜は、遊び回った子供みたいに疲れて充実した気分で眠りにつけた。
駆け足で十二月がやってきた。
お坊さんも駆けるぐらい忙しい季節というのは本当のようだ。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【BL】花見小撫の癒しの魔法
香月ミツほ
BL
食物アレルギーで死んでしまった青年・小撫(こなで)が神子として召喚され、魔族の王を癒します。可愛さを求められて子供っぽくなってます。
「花見小撫の癒しの魔法」BLバージョンです。内容はほとんど変わりません。
読みやすい方でどうぞ!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる