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第六走

76:違います。夏の俺はとはもう違うんです

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 会う日は、水、木の二十時以降二十二時まで。
 火曜と、金曜は西城の陸上部グラウンドで。
 月曜は海の大学の授業が終わってから、海や山などトゥクトゥクが借りられればちょっと遠出。
 土日は他大学との交流会や試合が入ったりして時間が読めないので、基本的には別々。
 海が紬季に課した自慰行為禁止令はまだ続いている。
 具体的に言わないが、出会い系サイトを再び見ていた紬季への罰なのだと思う。
 守れれば許してやるよ、みたいな。
 その上から目線の許しには正直ムカついたが、禁止令を出されて以降、心がモヤモヤし始めても、狂ったように何時間も自慰行為に耽る行為はピタリと止んだ。
 だったら、こっちも何が何でも守ってやるよ!
 ここまで来ると我の張り合いだ。
 紬季には、真っ当な性欲というものが目覚め始めたようで、海禁断症状という紬季だけに生じる賞状が辛い。
 あんなに先に進みたがったくせに、箱根駅伝が終わるまで何もしないと決めた海は、こっそり手を握ってくることすらも止めた。尻や腰だって触ってこない。
 だから、横並びのファーストフード店で、肩が触れあっただけで、そこに疼くような甘い感じの痺れが走る。
 少し前までソファーや和室で互いによだれを口の端に垂らすような激しいキスをして、海に至ってはジャージ越しに固くなった雄をグイグイ押し付けてきたくせに。
 迫られるのは、求められている感じがして好きだった。
 そして、それを拒む自分も。
 でも、そういうのが一切無くなって、性的に緩い部分があると自覚している紬季は、キスだけはあってもいいんじゃないかな、と思う。少しの抱擁も。抱擁があるなら、素肌を感じたい。裸で抱き合えるなら、あそこを触って欲しいし、最後には貫かれたい。
「う~、う、う」
 駅の反対側にある書店からの帰り道、紬季は唸った。
 海とデート中だというのに、頭の中はエッチなことでいっぱいだ。
 今日は月曜日。
 西城陸上部の練習が無い日だ。
 普段は遠出をしているのだが、朝から天気が悪かった。なので、遠出は中止して買いたい本があったので付き合って貰ったのだ。
 買ったのはスポーツテーピングの本と、スポーツ生理学の本だ。
 選手の練習をぼんやり眺めるだけじゃなく、その練習が筋肉にどんな影響を与え、試合にどう生かされてくるかまで知りたかった。
『嬉しそうだな』
 ジャージ姿の海が携帯のメッセージで話しかけてくる。
 脳内のエロい妄想が漏れ出たのかと思って、紬季は茶色の袋に入った本を突き出す。
「違うよ。この本が買えて嬉しかったんだよ!」
『違うって何が?』
「何でも無い!」
『最近変だぞ?』
「海くんがそうした」
『あらあ』
という文字と思わせぶりな雰囲気で女がウインクしているスタンプを海が送っている。
 どっからこんなの仕入れているんだ?!
「真面目な話!茂木さんとか笠間さんに色々聞いているうちにテーピングと生理学に興味を持ったんだよ。西城には、スポーツ学部があるでしょ?聴講生でも受けられる授業がたくさんあるからって勧められて」
『聴講生?それって、単位貰えるのか?』
「ううん」
『偉いなあ、そういう学習意欲。俺なんて、経済学部を選んだのは、一番、授業ノートが出回っていて一番、日中に昼寝時間が確保されるからだぜ?スポーツ特待生だとそういうとこに偏りが出るようなあ。でもまあ、スポーツ学部に入って実習に追われて体育教師の免許を取ったところで俺には意味ないし、いいんだけど……紬季、何だよ、その顔?僕にネガティブ発動とか言うくせに、自分もだろって?あ~あ、そうですよ』
「いじけた」
『違います。夏の俺はとはもう違うんです』
 海が澄ました顔で笑う。
 まだ、先のことは決まっていないが、余裕を持っていこうと海は自分に言い聞かせているらしい。
「どうする?この後」
『さあ。紬季さん次第』
 前方を見ていた海が急に、『あれ?』という顔をした。
 紬季もそちらに視線を移す。 
 十メートルほど離れた場所に青年が三人立っていた。
 海と同じ学年の陸上部員たちだ。その内、二人が長距離。海と仲間でありライバルにもある。名前は宮崎、鈴木。そして、大平。
 彼らが側に寄ってきた。
「烏堂とツムくんじゃないか」
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