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第五走

69:出会い系じゃないよ

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とメッセージも送る。
 しばらく紬季からの反応は無かったが、やがて
「いいよ。入ってきても」
と口頭で返事があった。
 紬季の聖域に立ち入るのを許されたのは初めてだ。
 十畳ほどの広々とした部屋は、隅に高さ一メートルほどの大きめのベット。壁にくり抜いて作った壁があり、陸上マガジンのバックナンバーが詰まっている。
 ナイトテーブルには、細長い蛍光灯のスタンド。手を翳すだけで光るタイプのものだ。
 そして、すぐ側には、楕円や丸型の薬が入った幾つものピルケース。
 同居生活をしている時でも、海は紬季が薬を飲む姿を見たことが無かった。部屋のベットに柵があるから見られたくないと気にしていたので、病人である姿を海には見せたくないのかもしれない。
 普通の状態で部屋に入ることを許されたなら隠されているはずのピルケースがそのままということは、それだけ紬季に余裕がないということだ。
 紬季が一番見せたくなかったベットは平べったくしたUの字を逆さにしたような柵というか、取っ手があった。
 シーツの上には、鼻をかんだり涙を拭いた後の丸まったティッシュがあたりに散らばっている。
 床には、ジャケットやズボンが派手に投げ捨てられていた。
 海はそれを拾ってハンガーにかける。
「それ、もう捨てる」と紬季が憎々しげに言った。
 一回着て捨てるなんてどこのセレブだ。
 嫌な思い出が詰まっているから、存在ごと消去したいという気持ちも分かるが、値段を知っている身としてはそれは……。
 また、紬季の携帯が鳴った。
 だが、紬季はそれを取らない。ゆっくりと寝返りを打って、視界から遠ざけていた。
 海はベットに近づき、枕元で鳴っている携帯の画面を確認した。
 ディスプレイには『お父さん』と出ている。
『いいのか?』と海は指差すが、紬季は反応しない。やがて携帯が切れ、着信回数五十回と画面に表示された。
『もしかして、紬季の父さん、怪我とか病気したとか緊急事態なんじゃないのか?』
 メモ欄を見せると、紬季が見たこともない皮肉げな顔で笑った。
「違うよ。僕が証券口座の株を一部勝手に売却したから何が起こったのか聞きたんだと思う。配当は好きにしていいんだけど、株の売却は一人でやっちゃ駄目って言われているのにそれを破ったから」
『何に使ったんだよ』
と打ちかけて、手が止まる。
「出会い系じゃないよ」
と紬季が鼻で笑った。
「産みの母親」
 あれ?今までお母さんと呼んでいたのか、産みの母親に変わったと海は違和感を感じた。
「要求された。会いたいけれど会いに行く交通費がないから三十万円用立てて欲しいって」
『はあ?住んでるの北海道だろ?』
「うん」
と頷く紬季は歯切れが悪い。
『普通、そんなの要求しない。子供に会いたいんだったら、どんなに金が無くてもかき集めて会いに来る』
「でもさ、飛行機代とかホテル代とかさ」
 紬季は言い訳がましい。
『どう考えたって三十万円なんてかかんねえよ』
 海がダメ押しすると、紬季は
「分かってるよ、そんなのっ」 
と鼻水を光らせながら叫んで、ティッシュボックスに手を伸ばす。それを苦労して引き抜いて、ぶびーっと鼻をかむ。
 また携帯が鳴り始めた。
 ディスプレイには『お父さん』。
「なんか、もうやだ」
 紬季が、携帯から逃げるようにもそもそと布団をかぶる。
 海は『やだじゃねえよ。こんなに心配しているんだから声ぐらい聞かせてやれ』と打ったメモ欄を見せ、しつこく鳴り響く紬季の携帯を彼の枕元に置く。
 観念したように、紬季が受話ボタンを押した。
『紬季?』
 電話から響く紬季の父親の声は、海が想像したよりも若かった。
 幾つぐらいなのだろう。
 四十代……?五十代には手が届いてなそうな声の張りなのだが。
 紬季と今後も関係は続いていくだろうし、そうしたら、この人ともいずれ会うことになる。
 海はなんだかそれがとても不思議なことに思えた。
『よかった。ようやく電話に出てくれた。何かあったのか?』
 紬季が、携帯を握りしめ、それを耳元によせた。
「おど、う、さん」
としゃくりあげながら言う。
 さっき、ティッシュで拭ったはずの顔は、また涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
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