上 下
67 / 136
第五走

67:僕一人で行きます

しおりを挟む
 だが、手が震えているようでなかなか卑猥な画面は消えなかった。
 海はソファーに置いてあった荷物を引っ掴んで、部屋を出る。
「海くんっ!!」
 悲鳴のような紬季の声が追いかけて来たが、海は立ち止まりもしなかった。
 いつもは気遣って閉める扉もそのままで、バタンッと閉まる音が後から響いていた。
 そのせいでトラウマが蘇ってきても、メールでやり取りしている相手に慰めて貰えばいい。
 以前、酷い目にあったのを立ち直るまで助けてやったのはこっちだっていうのに。
 憤慨しながら寮に戻る。
 紬季からはメッセージが幾つか来ていたが、全て無視した。
 既読を付けてやっただけ、感謝しやがれって話だ。
 ああ、腹が立つ。
 俺は何をやっているんだ。
 秩父宮杯は順当にエントリーされたが、それだけじゃ意味がない。走って結果を残してこそだ。
 なのに、走ることとは全然関係ない、させてくれない相手に振り回わされている。
 駄目だ、ちゃんと気持ちを入れ替えないと。
 海は心から紬季の存在を追いやろうとする。
 その夜、それは無駄な作業に終わった。
 次のボランティアスタッフの日は、絶対に紬季はグラウンドに来れない。
 海はそう思っていたが、リュックにバナナを詰め込んで普通に紬季はやってきた。
 こいつ、メンタル強ええ。
とそこら辺はちょっと海は感心した。
 きっと部屋で『はあ、行きたくない。海くんに会いたくない。行きたくないよおおおおっ』と膝を抱えて悩んでそれでもやってきた。
 だが、海が練習途中で給水ジャグに向かうと、ふっと側を離れていく。
 いかにも他に仕事があるかのように。
 本当に、こいつ、腹立つ。
 怒りが起爆剤となっているのか、走りの方は絶好調だ。
 今日は、ファスト・フィニッシュ・トレーニングの日で、これは、走り始めよりゴール時に早いスピードを出すという練習で、走ってクタクタな身体に鞭打つためかなりきつい。
 でも、そんなのなんのそのと、五千メートルをスピードを上げながら走っていると、途中で派手に転んだ。
 自分で自分の足につまずいたのだ。
 右足、左足を前に出して走っているのに、何でだ?
 こんな凡ミス、今までしたことがない。
 他の選手の邪魔になるのでトラックの内側に避ける。
 茂木がすぐにやってきて、足首を診てくれる。
 左の足首をぐるっと一回転されたとき、微かな痛みが走った。
「軽い捻挫かな」
と言った茂木が、「藤沢くん。そこにある救急箱」と近くにいた紬季を呼ぶ。
 他にも怪我人が出たようで「夜にまた診るけど、テーピングして違和感あるなら、もう走るな」
と紬季にまかせて茂木は次の怪我人を診に行ってしまった。
 紬季が何も言わず海の側に座り、救急箱からコールドスプレーを取り出す。
 奪い取って自分でやりだせば、諦めて側を離れるだろうが、それもそれでしゃくな気がして黙ってさせておいた。
 コールドスプレーの後はテーピングだ。
 きちんと左足首を固定するように巻いてくれる。しかも、仕上がりも綺麗だ。
 毎回来るうちに、教えてもらったのか、一人で勉強して覚えたのか。
 無言のうちに手当が終わる。
 立ち上がってテーピングの具合を確かめたが、充分走れるようだ。
 礼を言うべきか、否か。
 紬季も海に一言言いたかったようで、こちらを見ている。
『何?』と軽く睨みつけたまま首を傾げて見せると、
「上の空すぎ」
 怒りが駆け巡って『お前のせいだろうが』と叫びそうになった。でも、吃音のせいで言葉が喉奥に引っかかって出て来ない。それが、さらに海をイライラさせる。
『殺すぞ』
 早口で唇を動かし、またトラックへと海は駆けていく。
 さっと表情が変わったので、きっと、紬季に伝わったはずだ。
 その晩、寮の部屋でゴロゴロしていると、紬季からメッセージが来た。
『明日に決まったから』
 きっと、母親と会う件だ。
 喧嘩中の紬季が海に送ってくるメッセージは、あと謝罪ぐらいしかない。
 海は、『ああ、それで?』と思いながら次を待つ。
『僕一人で行きます』
 瞬間、イラッとした。
 行きますって、何だよ、行きますって。
 急に他人行儀だ。
 明日は、秩父宮杯開催もう三日前で、どっちにしろ、練習日。
 最初から最後までは付き添えない。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある宅配便のお兄さんの話

てんつぶ
BL
宅配便のお兄さん(モブ)×淫乱平凡DKのNTR。 ひたすらえっちなことだけしているお話です。 諸々タグ御確認の上、お好きな方どうぞ~。 ※こちらを原作としたシチュエーション&BLドラマボイスを公開しています。

【R18】性の目覚め、お相手は幼なじみ♂【完結】

桜花
BL
始まりは中2の夏休み。 あれは幼なじみの春樹と初めてAVを見た日。 僕の中で、何かが壊れた。 何かが、変わってしまった。 何年も続けてきた、当たり前の日常。 全て特別なものに思えてくる。 気付かれるのが怖い。 もし伝えたら、どんな顔をするのかな…。 幼なじみ2人の数年にわたる物語。

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

処理中です...