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第五走
67:僕一人で行きます
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だが、手が震えているようでなかなか卑猥な画面は消えなかった。
海はソファーに置いてあった荷物を引っ掴んで、部屋を出る。
「海くんっ!!」
悲鳴のような紬季の声が追いかけて来たが、海は立ち止まりもしなかった。
いつもは気遣って閉める扉もそのままで、バタンッと閉まる音が後から響いていた。
そのせいでトラウマが蘇ってきても、メールでやり取りしている相手に慰めて貰えばいい。
以前、酷い目にあったのを立ち直るまで助けてやったのはこっちだっていうのに。
憤慨しながら寮に戻る。
紬季からはメッセージが幾つか来ていたが、全て無視した。
既読を付けてやっただけ、感謝しやがれって話だ。
ああ、腹が立つ。
俺は何をやっているんだ。
秩父宮杯は順当にエントリーされたが、それだけじゃ意味がない。走って結果を残してこそだ。
なのに、走ることとは全然関係ない、させてくれない相手に振り回わされている。
駄目だ、ちゃんと気持ちを入れ替えないと。
海は心から紬季の存在を追いやろうとする。
その夜、それは無駄な作業に終わった。
次のボランティアスタッフの日は、絶対に紬季はグラウンドに来れない。
海はそう思っていたが、リュックにバナナを詰め込んで普通に紬季はやってきた。
こいつ、メンタル強ええ。
とそこら辺はちょっと海は感心した。
きっと部屋で『はあ、行きたくない。海くんに会いたくない。行きたくないよおおおおっ』と膝を抱えて悩んでそれでもやってきた。
だが、海が練習途中で給水ジャグに向かうと、ふっと側を離れていく。
いかにも他に仕事があるかのように。
本当に、こいつ、腹立つ。
怒りが起爆剤となっているのか、走りの方は絶好調だ。
今日は、ファスト・フィニッシュ・トレーニングの日で、これは、走り始めよりゴール時に早いスピードを出すという練習で、走ってクタクタな身体に鞭打つためかなりきつい。
でも、そんなのなんのそのと、五千メートルをスピードを上げながら走っていると、途中で派手に転んだ。
自分で自分の足につまずいたのだ。
右足、左足を前に出して走っているのに、何でだ?
こんな凡ミス、今までしたことがない。
他の選手の邪魔になるのでトラックの内側に避ける。
茂木がすぐにやってきて、足首を診てくれる。
左の足首をぐるっと一回転されたとき、微かな痛みが走った。
「軽い捻挫かな」
と言った茂木が、「藤沢くん。そこにある救急箱」と近くにいた紬季を呼ぶ。
他にも怪我人が出たようで「夜にまた診るけど、テーピングして違和感あるなら、もう走るな」
と紬季にまかせて茂木は次の怪我人を診に行ってしまった。
紬季が何も言わず海の側に座り、救急箱からコールドスプレーを取り出す。
奪い取って自分でやりだせば、諦めて側を離れるだろうが、それもそれでしゃくな気がして黙ってさせておいた。
コールドスプレーの後はテーピングだ。
きちんと左足首を固定するように巻いてくれる。しかも、仕上がりも綺麗だ。
毎回来るうちに、教えてもらったのか、一人で勉強して覚えたのか。
無言のうちに手当が終わる。
立ち上がってテーピングの具合を確かめたが、充分走れるようだ。
礼を言うべきか、否か。
紬季も海に一言言いたかったようで、こちらを見ている。
『何?』と軽く睨みつけたまま首を傾げて見せると、
「上の空すぎ」
怒りが駆け巡って『お前のせいだろうが』と叫びそうになった。でも、吃音のせいで言葉が喉奥に引っかかって出て来ない。それが、さらに海をイライラさせる。
『殺すぞ』
早口で唇を動かし、またトラックへと海は駆けていく。
さっと表情が変わったので、きっと、紬季に伝わったはずだ。
その晩、寮の部屋でゴロゴロしていると、紬季からメッセージが来た。
『明日に決まったから』
きっと、母親と会う件だ。
喧嘩中の紬季が海に送ってくるメッセージは、あと謝罪ぐらいしかない。
海は、『ああ、それで?』と思いながら次を待つ。
『僕一人で行きます』
瞬間、イラッとした。
行きますって、何だよ、行きますって。
急に他人行儀だ。
明日は、秩父宮杯開催もう三日前で、どっちにしろ、練習日。
最初から最後までは付き添えない。
海はソファーに置いてあった荷物を引っ掴んで、部屋を出る。
「海くんっ!!」
悲鳴のような紬季の声が追いかけて来たが、海は立ち止まりもしなかった。
いつもは気遣って閉める扉もそのままで、バタンッと閉まる音が後から響いていた。
そのせいでトラウマが蘇ってきても、メールでやり取りしている相手に慰めて貰えばいい。
以前、酷い目にあったのを立ち直るまで助けてやったのはこっちだっていうのに。
憤慨しながら寮に戻る。
紬季からはメッセージが幾つか来ていたが、全て無視した。
既読を付けてやっただけ、感謝しやがれって話だ。
ああ、腹が立つ。
俺は何をやっているんだ。
秩父宮杯は順当にエントリーされたが、それだけじゃ意味がない。走って結果を残してこそだ。
なのに、走ることとは全然関係ない、させてくれない相手に振り回わされている。
駄目だ、ちゃんと気持ちを入れ替えないと。
海は心から紬季の存在を追いやろうとする。
その夜、それは無駄な作業に終わった。
次のボランティアスタッフの日は、絶対に紬季はグラウンドに来れない。
海はそう思っていたが、リュックにバナナを詰め込んで普通に紬季はやってきた。
こいつ、メンタル強ええ。
とそこら辺はちょっと海は感心した。
きっと部屋で『はあ、行きたくない。海くんに会いたくない。行きたくないよおおおおっ』と膝を抱えて悩んでそれでもやってきた。
だが、海が練習途中で給水ジャグに向かうと、ふっと側を離れていく。
いかにも他に仕事があるかのように。
本当に、こいつ、腹立つ。
怒りが起爆剤となっているのか、走りの方は絶好調だ。
今日は、ファスト・フィニッシュ・トレーニングの日で、これは、走り始めよりゴール時に早いスピードを出すという練習で、走ってクタクタな身体に鞭打つためかなりきつい。
でも、そんなのなんのそのと、五千メートルをスピードを上げながら走っていると、途中で派手に転んだ。
自分で自分の足につまずいたのだ。
右足、左足を前に出して走っているのに、何でだ?
こんな凡ミス、今までしたことがない。
他の選手の邪魔になるのでトラックの内側に避ける。
茂木がすぐにやってきて、足首を診てくれる。
左の足首をぐるっと一回転されたとき、微かな痛みが走った。
「軽い捻挫かな」
と言った茂木が、「藤沢くん。そこにある救急箱」と近くにいた紬季を呼ぶ。
他にも怪我人が出たようで「夜にまた診るけど、テーピングして違和感あるなら、もう走るな」
と紬季にまかせて茂木は次の怪我人を診に行ってしまった。
紬季が何も言わず海の側に座り、救急箱からコールドスプレーを取り出す。
奪い取って自分でやりだせば、諦めて側を離れるだろうが、それもそれでしゃくな気がして黙ってさせておいた。
コールドスプレーの後はテーピングだ。
きちんと左足首を固定するように巻いてくれる。しかも、仕上がりも綺麗だ。
毎回来るうちに、教えてもらったのか、一人で勉強して覚えたのか。
無言のうちに手当が終わる。
立ち上がってテーピングの具合を確かめたが、充分走れるようだ。
礼を言うべきか、否か。
紬季も海に一言言いたかったようで、こちらを見ている。
『何?』と軽く睨みつけたまま首を傾げて見せると、
「上の空すぎ」
怒りが駆け巡って『お前のせいだろうが』と叫びそうになった。でも、吃音のせいで言葉が喉奥に引っかかって出て来ない。それが、さらに海をイライラさせる。
『殺すぞ』
早口で唇を動かし、またトラックへと海は駆けていく。
さっと表情が変わったので、きっと、紬季に伝わったはずだ。
その晩、寮の部屋でゴロゴロしていると、紬季からメッセージが来た。
『明日に決まったから』
きっと、母親と会う件だ。
喧嘩中の紬季が海に送ってくるメッセージは、あと謝罪ぐらいしかない。
海は、『ああ、それで?』と思いながら次を待つ。
『僕一人で行きます』
瞬間、イラッとした。
行きますって、何だよ、行きますって。
急に他人行儀だ。
明日は、秩父宮杯開催もう三日前で、どっちにしろ、練習日。
最初から最後までは付き添えない。
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