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第五走
63:あいつ、中学のとき、三股してたからな
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『そんなの、解ってるんだけどなあ』
やばいな、これ。
海はふっと思った。
春休みに急に走れなくなった時と似ている。
あの時も絶好調だった。
『筋トレルーム、まだ使えるかな?』
二十三時まで使えるそこには、高地トレーニング用のルームランナーがある。
あれで走って走って身体を疲れさせて、さっさと寝てしまいたい気分になった。
海が西城陸上部に復帰して、半月が過ぎた。
秩父宮杯まであと三週間。
誰がどの区を走るのかは、一週間前に発表される。
他大学の状況を見て、出走当日まで選手の入れ替えをする監督もいるが、赤星の場合は基本的に病気や怪我の選手が出ないかぎりはそのままだ。
「海くん。秩父宮杯出られるかな?」
紬季は、部屋に行くたびにそう聞いてくる。
『出られるかな?じゃなく出るんだよ。タイムは俺がダントツだし、素行不良で無いかぎり、出してくれんじゃねえの?三ヶ月の休部の禊も済んだっぽいし』
「楽しみだ」
紬季が爆裂美味いコーヒーを入れてくれて、キッチンからソファーに座る海の元に持ってきてくれた。
海はすぐに距離を詰める。
そして、コーヒー前のキスをねだる。
隣に座っていたはずなのに、次第に覆いかぶさるような形になり、やんわりと胸に手を付かれ、押し戻されてしまった。
すぐに海は携帯を打つ。
『俺だけ盛って馬鹿みたいだな。紬季は品行方正なスポーツマンの烏堂海選手が好きなんだもんな』
「違うって。そんなんじゃないって」
『紬季さ、空も好きか?』
「選手として?うん。海くんと違った良さがあるよね。天性の勘みたいな感じで走るところとか」
『あいつ、中学のとき、三股してたからな』
「は?」
『高校は別だったから聞いた限りだと、四股が最高』
「嘘でしょー!」
『本当だって。しかも、優劣付けずにどの子も好きみたいな、そんな感じよ、あいつ』
「次、テレビで走っているのを見かけたら、印象変わりそう」
『デート♪デート♪この後、デートって頭の中でリズム取りながら走ってるんだって』
「ああああああっ。なにそれっ」
紬季が頬に手を当てて苦悩のポーズを取ってみせた。
そこで、プツンと会話が途切れた。
海は紬季の手を握る。
最近じゃ、キスだってさっきみたいに阻まれる。
やっぱり部屋のカードキーを返してと言われるのも、時間の問題かもしれない。
海は一旦手を離して、
『大人しくする』
とメッセージを送る。
『紬季の望むようないい子になる』
それを読んだ紬季が首を傾げながら噴き出した。
「いい子?!海くんは、海くんのままでいてくれていいよ。先に進めないのは僕のせいだし」
『トラウマ?』
「それは一部かな。僕自身の問題。いろいろ自信が持てなくて、だから、リスト二」
『生みの母親に会えれば、自信が持てるようになるのか?』
海は聞いていて、何か変だなと思った。
ルーツがあやふやだから知りたいとかで、幼い頃の離別で母親が決して叱ることのない女神化された存在になってしまうとかあるようなのだが、紬季の場合は自信て?
「示したい」
『何を?』
「僕、ちゃんと生きてますって」
紬季がソファーにゆっくりを足を上げ、膝を抱えた。その上に顎を乗せる。
「お父さんの里子になったのは僕が六歳の頃だけど、お母さんと暮らしたのは四歳ぐらいまでらしくて、記憶は無いんだ。そこからは施設にいたから。何かねえ、困窮した生活をしていると障がいがある子どもって捨てられやすいみたいんだよね。今思えば、いっぱいいたなあ、そういう子」
海はどう言葉をかけていいのか分からなかった。
だから、背中を擦る。
紬季が、「うわあ。重いこと言っちゃったなあ」とひょうきんな声を出して顔を上げた。きっと無理をしている。
「もしお母さんと会えたとして、お母さんが僕を捨てたことを少しでも後悔してくれたなら、僕って自信を持って生きてもいいよねって。そうしたらさあ、前に進めるんじゃないかなって」
再会という場を借りた復讐みたいなものかと海は理解した。
やばいな、これ。
海はふっと思った。
春休みに急に走れなくなった時と似ている。
あの時も絶好調だった。
『筋トレルーム、まだ使えるかな?』
二十三時まで使えるそこには、高地トレーニング用のルームランナーがある。
あれで走って走って身体を疲れさせて、さっさと寝てしまいたい気分になった。
海が西城陸上部に復帰して、半月が過ぎた。
秩父宮杯まであと三週間。
誰がどの区を走るのかは、一週間前に発表される。
他大学の状況を見て、出走当日まで選手の入れ替えをする監督もいるが、赤星の場合は基本的に病気や怪我の選手が出ないかぎりはそのままだ。
「海くん。秩父宮杯出られるかな?」
紬季は、部屋に行くたびにそう聞いてくる。
『出られるかな?じゃなく出るんだよ。タイムは俺がダントツだし、素行不良で無いかぎり、出してくれんじゃねえの?三ヶ月の休部の禊も済んだっぽいし』
「楽しみだ」
紬季が爆裂美味いコーヒーを入れてくれて、キッチンからソファーに座る海の元に持ってきてくれた。
海はすぐに距離を詰める。
そして、コーヒー前のキスをねだる。
隣に座っていたはずなのに、次第に覆いかぶさるような形になり、やんわりと胸に手を付かれ、押し戻されてしまった。
すぐに海は携帯を打つ。
『俺だけ盛って馬鹿みたいだな。紬季は品行方正なスポーツマンの烏堂海選手が好きなんだもんな』
「違うって。そんなんじゃないって」
『紬季さ、空も好きか?』
「選手として?うん。海くんと違った良さがあるよね。天性の勘みたいな感じで走るところとか」
『あいつ、中学のとき、三股してたからな』
「は?」
『高校は別だったから聞いた限りだと、四股が最高』
「嘘でしょー!」
『本当だって。しかも、優劣付けずにどの子も好きみたいな、そんな感じよ、あいつ』
「次、テレビで走っているのを見かけたら、印象変わりそう」
『デート♪デート♪この後、デートって頭の中でリズム取りながら走ってるんだって』
「ああああああっ。なにそれっ」
紬季が頬に手を当てて苦悩のポーズを取ってみせた。
そこで、プツンと会話が途切れた。
海は紬季の手を握る。
最近じゃ、キスだってさっきみたいに阻まれる。
やっぱり部屋のカードキーを返してと言われるのも、時間の問題かもしれない。
海は一旦手を離して、
『大人しくする』
とメッセージを送る。
『紬季の望むようないい子になる』
それを読んだ紬季が首を傾げながら噴き出した。
「いい子?!海くんは、海くんのままでいてくれていいよ。先に進めないのは僕のせいだし」
『トラウマ?』
「それは一部かな。僕自身の問題。いろいろ自信が持てなくて、だから、リスト二」
『生みの母親に会えれば、自信が持てるようになるのか?』
海は聞いていて、何か変だなと思った。
ルーツがあやふやだから知りたいとかで、幼い頃の離別で母親が決して叱ることのない女神化された存在になってしまうとかあるようなのだが、紬季の場合は自信て?
「示したい」
『何を?』
「僕、ちゃんと生きてますって」
紬季がソファーにゆっくりを足を上げ、膝を抱えた。その上に顎を乗せる。
「お父さんの里子になったのは僕が六歳の頃だけど、お母さんと暮らしたのは四歳ぐらいまでらしくて、記憶は無いんだ。そこからは施設にいたから。何かねえ、困窮した生活をしていると障がいがある子どもって捨てられやすいみたいんだよね。今思えば、いっぱいいたなあ、そういう子」
海はどう言葉をかけていいのか分からなかった。
だから、背中を擦る。
紬季が、「うわあ。重いこと言っちゃったなあ」とひょうきんな声を出して顔を上げた。きっと無理をしている。
「もしお母さんと会えたとして、お母さんが僕を捨てたことを少しでも後悔してくれたなら、僕って自信を持って生きてもいいよねって。そうしたらさあ、前に進めるんじゃないかなって」
再会という場を借りた復讐みたいなものかと海は理解した。
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