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第五走

61:紬季。俺は、セックスがしてえわ

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 冷水をそこに当ててみたが、ほぼ、無駄な努力だった。
 置きジャージに着替えて脱衣所を出ると、新しいTシャツに着替えた紬季がコーヒーを流しに捨てていた。
『捨てんの?』と指差すと、「すっかり冷めちゃって。もともと失敗してたからチンしてたら、ごまかせないほどものすごく不味くて。別に今やらなくてもいいけれど、どこで海くんを待っていていいかわかんなくて」と紬季が困ったように言う。
 海は持っていた携帯ですぐさまメッセージを打った。
『俺、冷水浴びてきた。部分的に』
 一読した紬季が吹き出す。
『キスどうだった?』
「あ、うん。……凄かった」
『ソファーさ。紬季が奥で俺が手前だったろ?感じまくる人が押してくるから、俺、落ちそうなのよ』
「……じゃあ、和室行く?」
 エロい会話をしているよなあと海は思った。
 せっかく、部分的に冷水を浴びたのに、無駄になりそうだ。
『もっと激しいの、していいか?もちろん、約束どおりキスだけ』
 読んだ紬季が真っ赤になる。
「いちいち、同意を取らなくてもいい。僕、スケベだから海くんが引くほど、性欲ある」
 そう言う割には、なんとなく海に怯えているようにも見える。
 和室に二人して座った。
「海くん、楽しい?気持ちいい?」
 紬季が膝を抱えてそこに顔を伏せながら聞いてきた。
 どうしてそんな今更なことを聞く?
 海は、外国人みたいに頬に唇を寄せる。
 そして、畳みっぱなしだった海専用の布団を敷いた。
 顔を上げた紬季がそこにゆっくりと寝そべった。
 海が、紬季の右耳、左耳に両手を付いて覆いかぶさる。
 これって、今からまさにセックスするって感じだなと海は思う。
 実践はいつだろう?
 紬季はどうやったら許してくれる?
 口の端から唾液が溢れ出るキスが始まって、もうその疑問すら霞んでしまった。

 海が紬季の部屋から辞去する時間は二十二時。
 余裕を持って寮に帰れるようにと、紬季に決められてしまった。
 玄関で両手を握り合ってキスをし、別れを惜しむ。
 明日もまた会えるのに、毎回、こうなる。
 もう、キスせずに過ごせてきた二ヶ月が海には奇跡にように思える。
 初めてキスし続けた日は、昼を過ぎても深夜を回ってもそれは続き、さすがにちょっと休憩しようと二人して立ち上がってどっちも酸欠になっていてふらついた。海のように鍛えた肺を持っていても酸欠になるなんって、キスって凄い。
 好きだとか言い合ったことはない。
 付き合うという約束を交わしあったこともない。
 海は紬季を絶対に蔑ろにするつもりはないが、今の有耶無耶さも心地良い。
 信頼し合っている相手と気持ちのいいことをするのは、海にとって堪らないことだ。
 お陰様で、毎日最高の時間が過ごせている。
「もう!早く、行って!」
 今夜も唇を引き剥がされ、玄関の外に追い出されてしまった。 
 扉の隙間から見ている紬季に軽く中指を立てて挑発し、海はエレベーターホールへと走る。
 紬季のマンションから、西城陸上部の寮まで海が走れば五分でつく。
 別れの時間は、二十二時二十分、いや、十五分でもいいんじゃないかなあと紬季に提案したのだが、駄目!焦ったらろくなことがないからと、即却下されてしまった。
『紬季さんは、そういうとこ、結構厳しい』
 海は、十月の終わりの夜風を感じながら、すいすいと水かきして進む水鳥みたいに歩道を駆けていく。こんな風に感じられるのは、とても調子がいい証拠だ。
 秩父宮杯は十一月の始め。
 名古屋の熱田神宮から三重の伊勢神宮までの百六・八キロを八人で襷を繋いで走る。
 二十五大学にプラスして、そこに日本学連選抜と、東海学連選抜の二チームが加わる。
 選抜は、記録はいいのに、出場しそこねた大学の選手の中から選ばれるのだ。
 海の五千メートルの記録はぐんぐん伸びている。
 もう間もなく十三分三十秒の壁を切れそうだ。きっと、選手に選ばれて、紬季は海以上に喜んでくれるはず。
『海くん、あのね』
 寮の門を潜ったとこで紬季からメッセージが来た。
 普段であれば、『ちゃんと寮に付いた?』と確認のメッセージなのだが?
 中身を読んでいくと、したいことリストの二をそろそろしてみたいというものだった。
『紬季。俺は、セックスがしてえわ』
 海は靴を脱ぎながら、心の中で呟く。
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