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第五走
57:うわあ。格好いいところなんて、セックスアピールみたいじゃねえか
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自分は、たくさんの仲間に囲まれる生活に戻ったが、紬季はまた一人の生活だ。
それが、海にとってはちょっと不安なのと、悶々とするのと、気持ちは半々。
なぜかと言うと、部屋を去り際、なんとなく勢いのまま紬季にキスをしたのだが、そのことに対して紬季からの反応が無い。
見事なほど一切。
紬季が自分のことを好きだというのは感じていた。
キスしてみてそれが最高に良かったので、もっとできそうだと思った。
マッサージやボディクリームを塗るなど、接触を伴う行為はこれまでしてきたが、もっと先へ。
そう、素っ裸になって、やることをやるのだ。
紬季は出会い系までして相手を探していたのだから、すぐそういうことに飛びついてくるもんだと海は高をくくっていた。
でも違った。
だから、思いばかりが積もる。
ずっとファンでいてくれて、好きという感情も度々匂わせていたくせに、今では海の方が、片思いしている気分だ。
紬季は当初決めた通り、火曜日と金曜日にボランティアスタッフとしてやってくる。
赤星と茂木以外は、海と紬季が以前からの顔見知りであることを知らない。
だから、部員の前で親しくない振りをするのがこそばゆい。
それに、キスした相手が練習を見守っていてくれて、給水ジャグからスポーツドリンクを差し出してくれるのはなんだか照れる。
たぶん、きっと海にとってこれが初めての恋なのだと思う。
今まで誰も近寄って来なかった訳ではない。
喋れない自分が相手と長時間二人きりで過ごすなんて地獄だなと思って、デートの日取りも決まりかけていたのに、無かったことにしてしまったこともある。
だって、難発だと喋るのに時間がかかるから相手を待たせるのは悪いし、何より相手に恥ずかしい思いをさせるんじゃないかと恐れてしまった。
でも、紬季相手だとそんなことは思わないのだ。
だから、心を許せる特別な相手。
キスが出来るんだったら、身体だって許してみたいと思うのは当然だ。
なあ、紬季さん。紬季さんてばと海は心の中で思うのだが、普段は抜群に察しのいい紬季は今回に限ってちゃんと答えてくれない。
そうこうしているうちに、出雲駅伝がやってきた。
海は当然のことながら調整不足で補欠にもエントリーされなかった。
『ここで走って区間賞でも取れば、紬季に格好いいところを見せることができたのになあ』
これまで、海は誰かのために走ったことがない。
そんなの考えたこともなかった。
『うわあ。格好いいところなんて、セックスアピールみたいじゃねえか。結局は自分のためか』
とにかく、そういう気持ちでは走りたいと思ったのは初めてで、そんな自分にちょっと戸惑った。
戦績の方はと言うと、西城のジンクスである『必ず白山より下位の順位』をきっちり踏襲し、西城は二十校中、六位。そして、白山は、空の爆走もあってぶっちぎりの一位で終わった。
「それにしても、白山の烏堂は気持ちよさそうに走る」
と赤星も呆れ顔だった。
海もゴール付近で久しぶりに生の空を見た。
右手の人差し指を一本突き出し、満面の笑みでゴールを駆け抜ける姿だった。
通称、絶頂ゴール。
兄として、マジでそういう変な命名をされるのは止めて欲しい。
焦りはあまり感じなかった。
出雲駅伝も秩父宮杯も大切な試合だが、海の照準は箱根駅伝だ。
それまでに、自分が最高に仕上がればいい。
五区、六区を除く、どの区を走ることになるかは分からないが、紬季は喜んでくれるだろうし、喜々としてテレビ中継される海を永久保存版録画してくれるだろう。ここで区間賞なんか取ってしまったら……。
駄目だなあ、と海は思った。
全部が全部、紬季に帰結している。
出雲駅伝は十三時五分出走。表彰式は十六時前だ。
終われば、そこから貸切バスに乗って十時間ほどかけて東京に戻る。
寝っぱなしでバスに乗っていた海は、ふっと目覚めて夜中に締めたカーテンを開ける。見えた外はもうすっかり明け方の明るさだった。
バスが西城大学キャンパスに止まり、そこから歩いて寮にて解散。翌日の門限までは、自由時間になる。
荷物を部屋に置いて速攻遊びに行くのもいれば、十時間のバスの長旅で疲れて睡眠に入るのもいる。
笠間はマネージャー業務がまだ残っていて部屋に戻ってこない。なので、海は一人で部屋でゴロゴロしていた。
出雲駅伝には出走していないので、肉体的な疲労や緊張からくる精神的な疲労は全くない。移動中に爆睡できるタイプなので、睡眠はバッチリだ。
『ロード行くか』
今朝は出雲から帰って来たばかりなので、朝六時から始まる集団ロードが無い。
この三ヶ月、一人で走ってきたので、あの自由気ままさを覚えたのは休部して得た収穫だった。
それが、海にとってはちょっと不安なのと、悶々とするのと、気持ちは半々。
なぜかと言うと、部屋を去り際、なんとなく勢いのまま紬季にキスをしたのだが、そのことに対して紬季からの反応が無い。
見事なほど一切。
紬季が自分のことを好きだというのは感じていた。
キスしてみてそれが最高に良かったので、もっとできそうだと思った。
マッサージやボディクリームを塗るなど、接触を伴う行為はこれまでしてきたが、もっと先へ。
そう、素っ裸になって、やることをやるのだ。
紬季は出会い系までして相手を探していたのだから、すぐそういうことに飛びついてくるもんだと海は高をくくっていた。
でも違った。
だから、思いばかりが積もる。
ずっとファンでいてくれて、好きという感情も度々匂わせていたくせに、今では海の方が、片思いしている気分だ。
紬季は当初決めた通り、火曜日と金曜日にボランティアスタッフとしてやってくる。
赤星と茂木以外は、海と紬季が以前からの顔見知りであることを知らない。
だから、部員の前で親しくない振りをするのがこそばゆい。
それに、キスした相手が練習を見守っていてくれて、給水ジャグからスポーツドリンクを差し出してくれるのはなんだか照れる。
たぶん、きっと海にとってこれが初めての恋なのだと思う。
今まで誰も近寄って来なかった訳ではない。
喋れない自分が相手と長時間二人きりで過ごすなんて地獄だなと思って、デートの日取りも決まりかけていたのに、無かったことにしてしまったこともある。
だって、難発だと喋るのに時間がかかるから相手を待たせるのは悪いし、何より相手に恥ずかしい思いをさせるんじゃないかと恐れてしまった。
でも、紬季相手だとそんなことは思わないのだ。
だから、心を許せる特別な相手。
キスが出来るんだったら、身体だって許してみたいと思うのは当然だ。
なあ、紬季さん。紬季さんてばと海は心の中で思うのだが、普段は抜群に察しのいい紬季は今回に限ってちゃんと答えてくれない。
そうこうしているうちに、出雲駅伝がやってきた。
海は当然のことながら調整不足で補欠にもエントリーされなかった。
『ここで走って区間賞でも取れば、紬季に格好いいところを見せることができたのになあ』
これまで、海は誰かのために走ったことがない。
そんなの考えたこともなかった。
『うわあ。格好いいところなんて、セックスアピールみたいじゃねえか。結局は自分のためか』
とにかく、そういう気持ちでは走りたいと思ったのは初めてで、そんな自分にちょっと戸惑った。
戦績の方はと言うと、西城のジンクスである『必ず白山より下位の順位』をきっちり踏襲し、西城は二十校中、六位。そして、白山は、空の爆走もあってぶっちぎりの一位で終わった。
「それにしても、白山の烏堂は気持ちよさそうに走る」
と赤星も呆れ顔だった。
海もゴール付近で久しぶりに生の空を見た。
右手の人差し指を一本突き出し、満面の笑みでゴールを駆け抜ける姿だった。
通称、絶頂ゴール。
兄として、マジでそういう変な命名をされるのは止めて欲しい。
焦りはあまり感じなかった。
出雲駅伝も秩父宮杯も大切な試合だが、海の照準は箱根駅伝だ。
それまでに、自分が最高に仕上がればいい。
五区、六区を除く、どの区を走ることになるかは分からないが、紬季は喜んでくれるだろうし、喜々としてテレビ中継される海を永久保存版録画してくれるだろう。ここで区間賞なんか取ってしまったら……。
駄目だなあ、と海は思った。
全部が全部、紬季に帰結している。
出雲駅伝は十三時五分出走。表彰式は十六時前だ。
終われば、そこから貸切バスに乗って十時間ほどかけて東京に戻る。
寝っぱなしでバスに乗っていた海は、ふっと目覚めて夜中に締めたカーテンを開ける。見えた外はもうすっかり明け方の明るさだった。
バスが西城大学キャンパスに止まり、そこから歩いて寮にて解散。翌日の門限までは、自由時間になる。
荷物を部屋に置いて速攻遊びに行くのもいれば、十時間のバスの長旅で疲れて睡眠に入るのもいる。
笠間はマネージャー業務がまだ残っていて部屋に戻ってこない。なので、海は一人で部屋でゴロゴロしていた。
出雲駅伝には出走していないので、肉体的な疲労や緊張からくる精神的な疲労は全くない。移動中に爆睡できるタイプなので、睡眠はバッチリだ。
『ロード行くか』
今朝は出雲から帰って来たばかりなので、朝六時から始まる集団ロードが無い。
この三ヶ月、一人で走ってきたので、あの自由気ままさを覚えたのは休部して得た収穫だった。
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