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第四走
50:僕、人間関係を壊す天才なんだよね
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「十六キロ続く長い上りを藤沢選手は耐えられるかなあ?」
国道一号線最高地点は八百七十四メートル。そこからはきつい下りが続く。体力配分を間違えばトップの選手でも後方に沈むこともある番狂わせが起こりやすい魔の区。往路の最難所だ。
『紬季。俺、運転中はメッセージ出来ないから、もうここからは一人で喋っていて』
「分かった。じゃあ、行こう、烏堂海選手」
海がトゥクトゥクを出発させた。
街を出ると、西湘バイパスへと入る。そうすると、相模湾がすぐ左手に見えてくる。
「わあっ」
こうやって潮風を受けるのは久しぶりだ。
海が一瞬振り返って笑う。
「車に乗れなくなる前は、お父さんともよくドライブしたんだ」
今度は海が『聞いている』というようにハンドルを握ったまま頷いた。
トゥクトゥクの最高時速は百キロ。だから、一般道でも他の車と遜色ないスピードで走る。
横断歩道で止まれば、トゥクトゥクが珍しいのか「バーイバイッ!」と子供らが無邪気に手を振ってくる。
海が右手方向を差した。紬季はすぐに察する。
「東海道に戻るんだね。じゃあ、間もなく小田原中継所か」
五区のスタート地点となる小田原中継所地点は、箱根登山鉄道風祭駅の蒲鉾屋前。
箱根駅伝当日は、横長の店の前に駅伝参加大学ののぼりが均等に並べれ、風にはためいてとても綺麗だ。
あと、人の数が尋常じゃなくすごい。
小田原中継所は紬季の足でがんばったら行けなくはない距離だが、この身体では人波に巻き込まれたら脱出できなさそうで、去年の箱根駅伝の応援は断念した。
そもそも、海の出走区は一区で大手町。
電車を何回も乗り継いて行かなければならない。こっちは応援に行く前に怖気づいてしまった。
トゥクトゥクが小田原中継所前を通過し、箱根湯本駅へ。
いかにも温泉宿があるといったふうな土産物屋ばかりの商店街を抜け、旭橋を渡ると箱根の本格的な山道に突入だ。
箱根登山鉄道の高架まで近づくと、トゥクトゥクに乗っていても傾斜をはっきりと感じる。ここら辺は平均斜度が七パーセントもあるのだ。その後は、箱根駅伝コースで唯一の踏切である小涌谷踏切を通る。
紬季や海が住む街より段違いに空気が澄んでいて気持ちが良かった。
紬季は少し迷った。
海に話したいことがある。重い話だ。それは、芦ノ湖駐車場に付いてからの方がいいだろうか。それとも、帰りの方が?
でも、時間を置けば置くほど話せなくなるような気がする。
紬季は覚悟を決めた。
「海くん」
ずっとトゥクトゥクのハンドルを握りしめている海に話しかける。
「今、僕はしたいことリストの七をしていて、大きな一歩を踏み出せたなあって思っているんだけど、リストの二と三がずっと手つかずのまま。きっと何でだろうなあって思っているよね。二は会いたい人に会いに行く、三は、お父さんと今後のことについて話す。どっちも大きなハードルなんだ、僕にとって」
赤信号で止まり、海が振り返りかけて、紬季はそれを制した。
「黙って聞いていて。この二ヶ月さ。海くんは僕のこと、何者なんだって、ちょっと不思議に思っていたんじゃない?学校に通っているわけでも無いし、バイトもたまにしかしていない。父親は海外で、母親はいなそう。そして、当人はタワマン暮らしで、出会い系に手を出している」
信号が代わり、またトゥクトゥクが動き出す。
紬季は息を吸うのも忘れていたことに気づき、深呼吸した。
「一個、一個、説明していくね。まず、リスト二の会いたい人って僕のお母さん。本物の方の。僕ね、ゆっくりとしか動けないこの病気が診断確定されたのは六歳の頃なんだけれども、それはお父さんのところに里子に出されてからなんだ。たぶんね、実のお母さんは、僕の病気に薄々気づいていて、だから、手放したらしい。だらにね、お父さんの奥さんだった人も、僕の病気に嫌気がさして家を出ていってしまったんだ。だから、僕、人間関係を壊す天才なんだよね」
国道一号最高到達地点の看板が見えてきて、それを通り過ぎた後、海がさすがに我慢できなくなったのか路肩にトゥクトゥクを止めた。
すぐさま携帯を取り出して、
『壊す天才だなんて言うな。違うから』
と珍しく強いメッセージを送ってくる。
「そう言ってくれて、ありがとう」
『紬季?無理して話しているだろ?』
「今話さなきゃ、いつ話すんだよ、僕って感じなんだ。だから話させて。リスト三のこと。それは、お父さんと今後のことなだけど僕、もう実は里子の契約期間は終わっているんだ。通常は十八歳まで。僕の場合は難病があるから二十歳まで。でも四月に誕生日が来ている。お父さんとはもう赤の他人なんだ」
『俺が泊まる許可まで取ってたじゃないか。出て行けって言われているのに、紬季が居座っているわけじゃないんだろ?』
「でも、今後どうするっていう話もされたことはない」
国道一号線最高地点は八百七十四メートル。そこからはきつい下りが続く。体力配分を間違えばトップの選手でも後方に沈むこともある番狂わせが起こりやすい魔の区。往路の最難所だ。
『紬季。俺、運転中はメッセージ出来ないから、もうここからは一人で喋っていて』
「分かった。じゃあ、行こう、烏堂海選手」
海がトゥクトゥクを出発させた。
街を出ると、西湘バイパスへと入る。そうすると、相模湾がすぐ左手に見えてくる。
「わあっ」
こうやって潮風を受けるのは久しぶりだ。
海が一瞬振り返って笑う。
「車に乗れなくなる前は、お父さんともよくドライブしたんだ」
今度は海が『聞いている』というようにハンドルを握ったまま頷いた。
トゥクトゥクの最高時速は百キロ。だから、一般道でも他の車と遜色ないスピードで走る。
横断歩道で止まれば、トゥクトゥクが珍しいのか「バーイバイッ!」と子供らが無邪気に手を振ってくる。
海が右手方向を差した。紬季はすぐに察する。
「東海道に戻るんだね。じゃあ、間もなく小田原中継所か」
五区のスタート地点となる小田原中継所地点は、箱根登山鉄道風祭駅の蒲鉾屋前。
箱根駅伝当日は、横長の店の前に駅伝参加大学ののぼりが均等に並べれ、風にはためいてとても綺麗だ。
あと、人の数が尋常じゃなくすごい。
小田原中継所は紬季の足でがんばったら行けなくはない距離だが、この身体では人波に巻き込まれたら脱出できなさそうで、去年の箱根駅伝の応援は断念した。
そもそも、海の出走区は一区で大手町。
電車を何回も乗り継いて行かなければならない。こっちは応援に行く前に怖気づいてしまった。
トゥクトゥクが小田原中継所前を通過し、箱根湯本駅へ。
いかにも温泉宿があるといったふうな土産物屋ばかりの商店街を抜け、旭橋を渡ると箱根の本格的な山道に突入だ。
箱根登山鉄道の高架まで近づくと、トゥクトゥクに乗っていても傾斜をはっきりと感じる。ここら辺は平均斜度が七パーセントもあるのだ。その後は、箱根駅伝コースで唯一の踏切である小涌谷踏切を通る。
紬季や海が住む街より段違いに空気が澄んでいて気持ちが良かった。
紬季は少し迷った。
海に話したいことがある。重い話だ。それは、芦ノ湖駐車場に付いてからの方がいいだろうか。それとも、帰りの方が?
でも、時間を置けば置くほど話せなくなるような気がする。
紬季は覚悟を決めた。
「海くん」
ずっとトゥクトゥクのハンドルを握りしめている海に話しかける。
「今、僕はしたいことリストの七をしていて、大きな一歩を踏み出せたなあって思っているんだけど、リストの二と三がずっと手つかずのまま。きっと何でだろうなあって思っているよね。二は会いたい人に会いに行く、三は、お父さんと今後のことについて話す。どっちも大きなハードルなんだ、僕にとって」
赤信号で止まり、海が振り返りかけて、紬季はそれを制した。
「黙って聞いていて。この二ヶ月さ。海くんは僕のこと、何者なんだって、ちょっと不思議に思っていたんじゃない?学校に通っているわけでも無いし、バイトもたまにしかしていない。父親は海外で、母親はいなそう。そして、当人はタワマン暮らしで、出会い系に手を出している」
信号が代わり、またトゥクトゥクが動き出す。
紬季は息を吸うのも忘れていたことに気づき、深呼吸した。
「一個、一個、説明していくね。まず、リスト二の会いたい人って僕のお母さん。本物の方の。僕ね、ゆっくりとしか動けないこの病気が診断確定されたのは六歳の頃なんだけれども、それはお父さんのところに里子に出されてからなんだ。たぶんね、実のお母さんは、僕の病気に薄々気づいていて、だから、手放したらしい。だらにね、お父さんの奥さんだった人も、僕の病気に嫌気がさして家を出ていってしまったんだ。だから、僕、人間関係を壊す天才なんだよね」
国道一号最高到達地点の看板が見えてきて、それを通り過ぎた後、海がさすがに我慢できなくなったのか路肩にトゥクトゥクを止めた。
すぐさま携帯を取り出して、
『壊す天才だなんて言うな。違うから』
と珍しく強いメッセージを送ってくる。
「そう言ってくれて、ありがとう」
『紬季?無理して話しているだろ?』
「今話さなきゃ、いつ話すんだよ、僕って感じなんだ。だから話させて。リスト三のこと。それは、お父さんと今後のことなだけど僕、もう実は里子の契約期間は終わっているんだ。通常は十八歳まで。僕の場合は難病があるから二十歳まで。でも四月に誕生日が来ている。お父さんとはもう赤の他人なんだ」
『俺が泊まる許可まで取ってたじゃないか。出て行けって言われているのに、紬季が居座っているわけじゃないんだろ?』
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