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第三走
32:ロケットみたいに俺に前から消え去りそう
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『さあ?』
「さあって」
海ははっきり答えないまま強引に話を進めてくる。
『ヘラオにも月次報告しなくちゃらならないから、そういう意味でも協力してくんね?紬季がOKなら、今月は、後援会のメンバーになってくれる人を探しましたって言える』
「後援会かあ」
後援会メンバーになって西城大学の陸上部グラウンドに手伝いに行くとしたら、海が赤星や部員へ橋渡しをしてくれるのだろうか?
「あれ、つまり、それって?」
紬季の声は一瞬弾み、最後には沈んだ。一抹の寂しさを感じたからだ。
「ってことは、海くん、陸上部に戻るの?」
だが、海は『何で?』という表情だ。
「だって、僕一人で手伝いになんか行けないよ。何していいかもわからないし。人見知りするし。邪魔になってうざがられたら?そもそも僕に出来ることが何もなかったら?ただの、手間のかかる迷惑な見学者じゃないか?何しに来たって感じだよ」
『だから、何もしないうちからネガティブ発動すんなよ。行くなら、紬季一人でだ。子供じゃないんだから出来るだろ?』
あれ?この流れって、海くんは陸上部には戻るつもりはないってこと?
海はカタカタとキーボードを打ち続ける。
『主務の茂木先輩はとても人当たりのいい人だから、きっと紬季ができそうなことを割り振ってくれる。主務っていうのは』
「知っているよ。マネージャーのトップ。監督の次に偉い人」
『そうそう。それだけ知ってりゃあ、なんとかなるって』
「だったら、海くんが走る姿を見てみたいなあ」
紬季は、陸上部に復帰して、西城大学のグランドでメンバーと一緒にという意味で言った。
だが、海は、
『さっき、見せたばかりけど?』
と言い返してくる。
紬季の真意は伝わっているはずで、それが、この部屋の滞在の終わりを意味し、別れや寂しさを覚悟した上で言っていることだって海は分かっているはずで。
なら、もっと強く言えばいい。
お門違いかもしれないが、したいことリストに海の復帰と書いてしまえばいい。
でも、そこまでは出来ない。
善意からくる暴力は一番痛い。
「う、う~ん」
と紬季は唸った。
今の幸せな時間は、海の陸上人生と引き換えなだ。
側にいてほしいし、海が海らしく走れる場所で走って欲しい。
相反する思いに、心の中がモヤモヤし始める。
「海くん」
『何?』
「……」
『何って?』
「ごめん。やっぱり何でもない。僕は、善意からくる暴力は振るいません。なので、自分の興味だけで考える。後援会メンバーになってみようかな」
『言っていることが分かんない部分があったけれど、結論としてやるってことだな?』
「うん、やるよ。毎週通ってやる」
『そんなに?』
「アスリートの努力してる姿が見られるんだよ?観客は当日の走りとか結果しか知ることが出来ないけれど、裏方はそうじゃないでしょ」
紬季は、陸上部員が切磋琢磨するグランドを想像し、しみじみとした気分になった。
「そっか、僕でもできそうなことがあるのかもしれないんだね。考えてみたこともなかったよ。陸上部のボランティアスタッフなんて。よし、いつでもいいよ!」
紬季が晴れ晴れした気持で決心すると、
『紬季さん』
と海が話しかけてきた。
「海くんがさん付けするときは謝るときって相場が決まっている」
『紬季は、決断すると早いんだよ。ロケットみたいに俺に前から消え去りそう』
かすかにみせた不安げな表情は、子供のようだった。
「僕が早い?初めて言われた」
『音速の紬季』
空の声で海が言い、紬季は笑う。
「変な二つ名付けない。お願いって手でしょ?はい、出して」
視線を合わすこと海が片手を差し出してきた。
その手を、そっと握る。
すると、海は枕元のノート型パソコンをもう片方の手でパタンと閉じ、タオルケットを互いの肩まで引き上げた。
まだ手は離してくれそうにない。
でも海が、立ち止まっている人生というロードで、こわごわ半歩踏み出したのが分かる。
「さあって」
海ははっきり答えないまま強引に話を進めてくる。
『ヘラオにも月次報告しなくちゃらならないから、そういう意味でも協力してくんね?紬季がOKなら、今月は、後援会のメンバーになってくれる人を探しましたって言える』
「後援会かあ」
後援会メンバーになって西城大学の陸上部グラウンドに手伝いに行くとしたら、海が赤星や部員へ橋渡しをしてくれるのだろうか?
「あれ、つまり、それって?」
紬季の声は一瞬弾み、最後には沈んだ。一抹の寂しさを感じたからだ。
「ってことは、海くん、陸上部に戻るの?」
だが、海は『何で?』という表情だ。
「だって、僕一人で手伝いになんか行けないよ。何していいかもわからないし。人見知りするし。邪魔になってうざがられたら?そもそも僕に出来ることが何もなかったら?ただの、手間のかかる迷惑な見学者じゃないか?何しに来たって感じだよ」
『だから、何もしないうちからネガティブ発動すんなよ。行くなら、紬季一人でだ。子供じゃないんだから出来るだろ?』
あれ?この流れって、海くんは陸上部には戻るつもりはないってこと?
海はカタカタとキーボードを打ち続ける。
『主務の茂木先輩はとても人当たりのいい人だから、きっと紬季ができそうなことを割り振ってくれる。主務っていうのは』
「知っているよ。マネージャーのトップ。監督の次に偉い人」
『そうそう。それだけ知ってりゃあ、なんとかなるって』
「だったら、海くんが走る姿を見てみたいなあ」
紬季は、陸上部に復帰して、西城大学のグランドでメンバーと一緒にという意味で言った。
だが、海は、
『さっき、見せたばかりけど?』
と言い返してくる。
紬季の真意は伝わっているはずで、それが、この部屋の滞在の終わりを意味し、別れや寂しさを覚悟した上で言っていることだって海は分かっているはずで。
なら、もっと強く言えばいい。
お門違いかもしれないが、したいことリストに海の復帰と書いてしまえばいい。
でも、そこまでは出来ない。
善意からくる暴力は一番痛い。
「う、う~ん」
と紬季は唸った。
今の幸せな時間は、海の陸上人生と引き換えなだ。
側にいてほしいし、海が海らしく走れる場所で走って欲しい。
相反する思いに、心の中がモヤモヤし始める。
「海くん」
『何?』
「……」
『何って?』
「ごめん。やっぱり何でもない。僕は、善意からくる暴力は振るいません。なので、自分の興味だけで考える。後援会メンバーになってみようかな」
『言っていることが分かんない部分があったけれど、結論としてやるってことだな?』
「うん、やるよ。毎週通ってやる」
『そんなに?』
「アスリートの努力してる姿が見られるんだよ?観客は当日の走りとか結果しか知ることが出来ないけれど、裏方はそうじゃないでしょ」
紬季は、陸上部員が切磋琢磨するグランドを想像し、しみじみとした気分になった。
「そっか、僕でもできそうなことがあるのかもしれないんだね。考えてみたこともなかったよ。陸上部のボランティアスタッフなんて。よし、いつでもいいよ!」
紬季が晴れ晴れした気持で決心すると、
『紬季さん』
と海が話しかけてきた。
「海くんがさん付けするときは謝るときって相場が決まっている」
『紬季は、決断すると早いんだよ。ロケットみたいに俺に前から消え去りそう』
かすかにみせた不安げな表情は、子供のようだった。
「僕が早い?初めて言われた」
『音速の紬季』
空の声で海が言い、紬季は笑う。
「変な二つ名付けない。お願いって手でしょ?はい、出して」
視線を合わすこと海が片手を差し出してきた。
その手を、そっと握る。
すると、海は枕元のノート型パソコンをもう片方の手でパタンと閉じ、タオルケットを互いの肩まで引き上げた。
まだ手は離してくれそうにない。
でも海が、立ち止まっている人生というロードで、こわごわ半歩踏み出したのが分かる。
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