【修正予定】君と話がしたいんだ

遊佐ミチル

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第三走

30:や、だ。……こんな

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「えっと、前も塗ってってこと?」
 そうすると、海は大人みたいに笑って、手の平を上にして人差し指をくいくいと動かし『早く』というように紬季に催促してくる。
 海くん、本当、ヤバイってば。
 無自覚すぎる。
 男しか入店できないマッサージ屋やサウナなんて行くことは無いだろうけれど、そういうところで、こんな思わせぶりなことしないでねと、諭したくなる。
 また缶からシアーバターを掬って手の平で溶かし、今度は海の腹の上に跨った。
 なんか、これ、性行為でもしているみたいな態勢だ。
 動揺すれば海は面白がるだろうから、紬季は平然とした表情で海の腕を取って手首から脇の下まで伸ばしていく。
 腕に触れると特に骨の細さを感じる。
 箱根駅伝を走る長距離ランナーは細身で小柄な選手が多い。
 平均は百七十センチ。体重は五十四キロ。この年代の男性と変わらない身長で体重は十キロ少ない。
 痩せることはできるだろうが、それを維持し続けるのが大変だ。しかも、ハードなトレーニングを重ねた上でだ。
 体質的に太らないどころか、練習がハードすぎて食べないと痩せてしまう選手もいれば、すぐ身体が重くなって、監督からダイエットを命じられる選手もいる。痩せるすぎると走るスタミナが後半で切れてしまうし、重すぎたらタイムが伸びないからだ。
「これは、スポーツマッサージと同じ、同じ!」
と紬季は心の中で繰り返す。
 苦労して作り上げた身体だから、変な目で見るのは選手どころか、陸上ファン、ひいては陸上の神様への冒涜だ。
 逆の手もシアーバターを同じ様に、そして、鎖骨や大胸筋の辺りにも塗っていく。
 そして、少し下がってみぞおちや脇腹などにも。
 紬季の腹の下にはおそらく海の性器があって、履いているジャージで阻まれているといえ、それは布一枚だ。なぜなら、海は寝る時はパンツを履かない派だから。
 ボディビルダーみたいに腹の肉がボコボコと割れているわけではない。
 薄い板チョコみたいな筋肉だ。
 この細い身体に内蔵が詰まっているんだよなあと思うと不思議な気分になってくる。
 腹に丁寧にシアーバターを伸ばしていると、海がくすぐったがった。
 強引に身をよじるので、紬季の身体がガクンと揺れる。
 バランスを崩しそうになって「うわっ」と焦ると、海が条件反射みたいにぱっと両手で紬季の腰を支えた。 
 なんて、力強い。
 三人目の相手にされた乱暴な行為が思い出され、一瞬、ゾワッとする。
 でも、あの男は捕まった。
 様々な余罪があるらしいから、警察が捜査をし、その後、裁判。そして刑務所。
 あのサイトのアカウントも消してしまった今、もう紬季の生活に関わってくることは無い。
 だから、すぐに安心ができた。
 続いてやってきのは、猛烈な照れだ。
 海は、そんな紬季を見て、掴んでいた腰からパッと手を離し、銃を突きつけられた人みたいに両手を上げてパタンと腕を畳に下ろす。
 毛のないツルンとした脇が丸見えだ。
 摩擦を避けるために陸上選手は、足や腕の毛を剃っていることが多いのだが、海も全身ツルツルで、それが紬季を妙な気分にさせる。
 剃るのが面倒だから脱毛サロンに通って手っ取り早くという選手も最近では少なくないらしい。
 本人はマッサージが終わり、ボディクリームを塗られて心地よくなっているだけだと思うので、無自覚だろうが、見ているこちらとしては艶っぽすぎて目の毒だ。
 両手で顔を覆ってしまいたい。
 いや、そんなの海を喜ばせるだけだから、さっさと彼の上からどこう。
 そう思ってもぞもぞ移動を開始しはじめると、海がシアーバターの缶の中身を掬って紬季を真似て手の平に伸ばす。そして、両手で紬季の両手を握ってきた。
 ケアをありがとうというように、親指のぷくっと膨らんだ付け根をもんだり、各指の股まで指を入れてきてニギニギしてくる。
「や、だ。……こんな」
 両手を握られてしまっては紬季は上手に動けない。
 嫌、嫌だってと、海の下半身の上で腰を右に左に撚るハメになる。
『何で?』というように海がわざとらしく首を傾げる。
 分かっているくせに。
 最近、海の接触はちょっと過激すぎる。
 意地の悪いからかいじゃない分、余計にたちが悪いと思う。
 ひどいなあと思いながら顔を見ていると、海が唇を軽く突き出した。
 キス?
 いや、まさか。
 無い無い。そんなの絶対に無い。
と脳内で盛大に否定していると、海がゆっくりと唇を動かす。
『好き』
「え?ええっ?!」
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