28 / 136
第三走
28:妙な気分になったりしないのかなって
しおりを挟む
を出す頃に海は部屋に戻ってくる。たまにコンビニに寄ってフルーツなどを買い込んでくるので、時間は紬季の予想より五分、十分ずれることもある。
白いご飯は、あまり夜遅い場合は食べない。消化のために胃が動き続け眠りが浅くなるし、翌朝、走る時の身体の重みも違ってくるそうだ。
最近は、学生たちが夏休みに入り清掃バイト要員が増えたため、もともと三ヶ月の短期のつもりで採用してもらった海は夜番が減ってきた。当人は貯金もそこそこ溜まったし、稼ぎ的には充分で、まとまったトレーニング時間が取れるから助かるらしい。
互いの食事を済ませ、海が食器洗いをしてくれる。
それが終わると彼は和室へ。
紬季もそちらに向かう。
一緒のゴロゴロを海は好むが、今はそれじゃない。
服の上からスポーツマッサージするのだ。
ハードに走った後は部員同士でやるものなのだが、いないからと頼まれて、海が夜にハードに走った後は必ずするようになった。
最初に頼まれた時はびっくりした。
だって、海は紬季の恋愛対象が男であることを知っている。
普通だったら、そういう男に身体を触られることを気持ちが悪いと思うはず。
もちろん、紬季はスポーツマッサージのときは不埒なことは思わないようにしている。
「うわあ。すごい」と思ってしまったのは、初回にふくらはぎを触れたときだけ。
それぐらい、衝撃的な行為だったのだ。
ゴロリと寝場所に横たわった海の足をさすっていると、海が枕元のノート型パソコンに手を伸ばした。
『変なこと聞いていいか?』
内蔵されたスピーカーからは、海とそっくりな声がする。
初めて泊まることになった晩に海は、一旦、居候先に戻ったのだが、それは着替え一式とともに、このノート型パソコンを持ってきたかったからだ。
おはよう、おやすみなど、頻繁に使う用語は、短縮登録されていて、「お」と打てば出てくる。
どういう会話の展開になるか予測しながら短縮登録された言葉を使うのはちょっと頭を使うので大変だそうだが、込み入った話だったり長く続く話はこれが一番効率的だそうだ。赤星先生ともこれで会話するらしい。
そして、何よりもいいのが、このノート型パソコン、海とそっくりな声を出してくれるのだ。
棒読みの機械ボイスではない。
声の主は、海の双子の弟である空。
十五分ほど様々なフレーズ、例えば、こんにちは。今日はどこに行きましょうか?や、旅行は好きですか?などをAIに読み込ませると、その声の主の声色やアクセントまで学習する。そして滑らかな人の声で喋ってくれるのだ。
最初は、海と普通に話をしているみたいで本当にびっくりした。贅沢な悲しみといえば、会話するためキーボードに文字を打ち込む海と絶対に目が合わないことだ。
最近、ありとあらゆる物が便利になってきてるので、使いこなせれば、障害だって軽くなるんだと改めて思った。
紬季の場合はコンビニなどの支払いだ。
動作がゆっくりなので現金だと出したり受け取ったりに時間がかかるので、これまで人が空いている日中しか利用出来なかったのだが、クレジットカードを精算機にタッチするだけのが導入されてからとても楽になった。精算の間にクレジットカードを精算機に掲げておけば、支払い時に普通の人に劣ることがない。前嫌いだった買い物も、タッチ式支払いのお陰で好きになれた。
開発者はこんなことを想定していたのかなあ?
ITの原始的な出発点は、自分の面倒くさいを解消するためだと聞く。
その便利さをゆっくりとしか動けない紬季が享受している。
そういった新たな視線を得た時、最悪な結果になってしまった出会い系サイトの二人目の相手の言葉をふっと思い出すのだ。
蝶々は、大海に大波を起こすために羽ばたきをしたわけではなくても、影響を与えている。そして、その影響を当人は知ることがない。
感動を与えたいとか勇気を与えたいとか、そんな風に誰かに影響を与えたいわけじゃないけれど、人知れず影響を与えているのなら、ちょっと胸を張って生きてもいいんじゃないかなと、紬季は最近思えるようになってきたのだ。
紬季は、海のふくらはぎを掴んだ状態で聞き返した。
「どんなことを聞きたいの?」
『マッサージしてもらっているのにこういう質問も何なんだけど、妙な気分になったりしないのかなって』
「怒るよ?」
『すみません』
即時に空の声で、海の言葉が返ってくる。
紬季の反応を予想していたようだ。
だったら、聞かなければいいのに。
『俺ならなるだろうなって思っただけ。ごめんなさい』
謝罪?何それみたいな雰囲気を漂わせているくせに、紬季が少しでも気を悪くする展開になると、海は『すみません』『ごめんなさい』の連続技を繰り出してくる。たまに、海も紬季の言動を可愛いと言うが、海もそういうところは充分可愛い。
白いご飯は、あまり夜遅い場合は食べない。消化のために胃が動き続け眠りが浅くなるし、翌朝、走る時の身体の重みも違ってくるそうだ。
最近は、学生たちが夏休みに入り清掃バイト要員が増えたため、もともと三ヶ月の短期のつもりで採用してもらった海は夜番が減ってきた。当人は貯金もそこそこ溜まったし、稼ぎ的には充分で、まとまったトレーニング時間が取れるから助かるらしい。
互いの食事を済ませ、海が食器洗いをしてくれる。
それが終わると彼は和室へ。
紬季もそちらに向かう。
一緒のゴロゴロを海は好むが、今はそれじゃない。
服の上からスポーツマッサージするのだ。
ハードに走った後は部員同士でやるものなのだが、いないからと頼まれて、海が夜にハードに走った後は必ずするようになった。
最初に頼まれた時はびっくりした。
だって、海は紬季の恋愛対象が男であることを知っている。
普通だったら、そういう男に身体を触られることを気持ちが悪いと思うはず。
もちろん、紬季はスポーツマッサージのときは不埒なことは思わないようにしている。
「うわあ。すごい」と思ってしまったのは、初回にふくらはぎを触れたときだけ。
それぐらい、衝撃的な行為だったのだ。
ゴロリと寝場所に横たわった海の足をさすっていると、海が枕元のノート型パソコンに手を伸ばした。
『変なこと聞いていいか?』
内蔵されたスピーカーからは、海とそっくりな声がする。
初めて泊まることになった晩に海は、一旦、居候先に戻ったのだが、それは着替え一式とともに、このノート型パソコンを持ってきたかったからだ。
おはよう、おやすみなど、頻繁に使う用語は、短縮登録されていて、「お」と打てば出てくる。
どういう会話の展開になるか予測しながら短縮登録された言葉を使うのはちょっと頭を使うので大変だそうだが、込み入った話だったり長く続く話はこれが一番効率的だそうだ。赤星先生ともこれで会話するらしい。
そして、何よりもいいのが、このノート型パソコン、海とそっくりな声を出してくれるのだ。
棒読みの機械ボイスではない。
声の主は、海の双子の弟である空。
十五分ほど様々なフレーズ、例えば、こんにちは。今日はどこに行きましょうか?や、旅行は好きですか?などをAIに読み込ませると、その声の主の声色やアクセントまで学習する。そして滑らかな人の声で喋ってくれるのだ。
最初は、海と普通に話をしているみたいで本当にびっくりした。贅沢な悲しみといえば、会話するためキーボードに文字を打ち込む海と絶対に目が合わないことだ。
最近、ありとあらゆる物が便利になってきてるので、使いこなせれば、障害だって軽くなるんだと改めて思った。
紬季の場合はコンビニなどの支払いだ。
動作がゆっくりなので現金だと出したり受け取ったりに時間がかかるので、これまで人が空いている日中しか利用出来なかったのだが、クレジットカードを精算機にタッチするだけのが導入されてからとても楽になった。精算の間にクレジットカードを精算機に掲げておけば、支払い時に普通の人に劣ることがない。前嫌いだった買い物も、タッチ式支払いのお陰で好きになれた。
開発者はこんなことを想定していたのかなあ?
ITの原始的な出発点は、自分の面倒くさいを解消するためだと聞く。
その便利さをゆっくりとしか動けない紬季が享受している。
そういった新たな視線を得た時、最悪な結果になってしまった出会い系サイトの二人目の相手の言葉をふっと思い出すのだ。
蝶々は、大海に大波を起こすために羽ばたきをしたわけではなくても、影響を与えている。そして、その影響を当人は知ることがない。
感動を与えたいとか勇気を与えたいとか、そんな風に誰かに影響を与えたいわけじゃないけれど、人知れず影響を与えているのなら、ちょっと胸を張って生きてもいいんじゃないかなと、紬季は最近思えるようになってきたのだ。
紬季は、海のふくらはぎを掴んだ状態で聞き返した。
「どんなことを聞きたいの?」
『マッサージしてもらっているのにこういう質問も何なんだけど、妙な気分になったりしないのかなって』
「怒るよ?」
『すみません』
即時に空の声で、海の言葉が返ってくる。
紬季の反応を予想していたようだ。
だったら、聞かなければいいのに。
『俺ならなるだろうなって思っただけ。ごめんなさい』
謝罪?何それみたいな雰囲気を漂わせているくせに、紬季が少しでも気を悪くする展開になると、海は『すみません』『ごめんなさい』の連続技を繰り出してくる。たまに、海も紬季の言動を可愛いと言うが、海もそういうところは充分可愛い。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
50
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる