【修正予定】君と話がしたいんだ

遊佐ミチル

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第二走

18:昔、駅で突き飛ばされて、折れちゃったんだ。

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 リビングの奥で「ピコッ」と音がする。
『え?何のこと?』
 同じ室内にいるのに、メッセージが帰ってきた。
『リストの件』
 すると、紬季がリビングの奥から和室に向かってやってくる。
 手にはハードケースを持っていた。
「そんなことないよ。今夜、海くんが起きてから読んでもらおうと思ってた」
 照れながら渡されたそれは、新たにリストが二つ追加され、五つめまで埋まっていた。
 海は目で追加された文字を目で追う。
 四.無理と言われたことをやってみる。
 五.人を頼る。
「------------すげえ」
 滅多なことで海は声を出さないことを紬季は知っているので、
「いや、そんな、そこまで褒められると」
と盛大に顔を赤くした。
 そして、キッチンカウンターに置かれた二つの箱を指差す。
「お義兄さんと店長さんへのお詫びのお菓子が届いたから、届けたいのです」
 真面目に言うものだから、海はメッセージアプリに、
『承知しました』と返信する。
 ぷっと噴き出した紬季が、畳の上に座って海と向き合った。
「でね、警察に被害届けを出して、医療費の取り戻し手続きもしたい。盛りだくさんです。普通の人ならやろうと思ったら、半日もかからず出来るんだろうけれど、僕の場合は一日仕事だと思う。付き添いを依頼してもいい?犯人はまだ捕まっていないけれど、海くんが一緒なら、外に出られそうな気がするんだ」
 よく見れば、何回もシャープペンシルで書いては消した後がある
 紬季が余計なお節介だとスルーしていたのではなく、真剣に考えてくれていたことに海は嬉しくなる
 だから、頭の上で右手と左手を繋いで大きな丸印を作った。
 タワーマンションから出られない生活をしていたのに、すごい進化だ。
「じゃあさ、景気づけに、四をやってみたいんだけど。海くんが起きてきたら」
 四とは、無理と言われたことをやってみるだ。
 一体、何だろう。
「えっと、腹筋」
 紬季が恥ずかしそうな顔で言った。
「お医者さんに、歩くのだけで精一杯だから、筋トレなんて無理無理って昔笑われたことがあって」
 海は腹にかけていたタオルケットを脇に寄せた。
 そして、高速でメッセージを送る。
『やろう!今すぐ!』
 陸上選手は、筋トレマニアも多い。
 筋肉は裏切らないという名言があるが、その通りだからだ。
 努力を重ねているのに思うようにタイムが伸びない時も、筋トレを続けていれば、きちんと筋肉はつくし、身体は変わっていく。そして、それは自信に繋がる。そして、タイムの伸びを後押しする。時間がかかっても、いや時間がかかるからこそ、自分の頑張りがよく分かる。だから、海も筋トレは大好きだ。ラブホの清掃だって筋トレだと思ってやっている。
『何十回も雑にやるより、回数が少なくても筋肉にじっくり刺激を与えるのを意識した方がいい』
「海くん、ガチだ」
 ここまで海が真剣に付き合ってくれると紬季は予想していなかったのか、少し焦っている。
 だが、決心がついたのか、
「よし!頑張る」
とダブダブのジャージの裾をめくりあげる。
 海は脛にある大きな傷に目がいった。
「ああ。これ?」
と紬季が傷跡を撫でる。
「昔、駅で突き飛ばされて、折れちゃったんだ。でも、今はなんともない」
『それが、乗り物に乗れない原因か?』
 紬季の表情がさっと固まった。
『答えたくなかったら』
と打ちかけたら、
「うん。そう」
と唇を引き結びながら紬季が答えた。
 そして、リビングの奥を指差し、
「僕がまたやり始めたリラクシングサウンドってね、フィールドレコーディングってのを一番初めにするんだ。自然音の録音採取。音が録れたらパソコンの専用ソフトで編集。中学の頃からよく眠れなくなってしまって、夜中にリラクシングサウンドをよく聞くようになって、僕も作れたらなあって思って始めたのがきっかけ」
『安眠用の音楽ってことか?最近まで寝られないなんて経験したことなかったから、初めて知った。練習疲れで枕に耳を着けたら即寝だったし』
「僕は夜にこの先、どうなるのかなあって悶々と考えちゃって。日中は、寂しいって感覚のほうが強いんだけど、夜は不安系。高校生になって通信制のところに行ったから、日中は自由な時間がたくさ
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