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第一走
9:海くんが部屋にいる間にシャワー浴びたい
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リビングテーブルにあったリモコンを海が操作したようで、「ピッ」という音が聞こえてきた。
『隣に座るけれど、いい?』
頷くと、海が腰掛ける。
「すご、く、ありが、たい」
ちゃんと喋ったつもりなのに、言葉は切れ切れだった。
海が手を顔ぐらいの位置に掲げ、ひらひらする。
「え?」
『この二日、いつも布団の上を手が右に左に彷徨っていて、繋いでやったら、震えが十分ぐらいで治まったから。手、繋いでおく?目覚めているときは必要ない?』
「ひ、ひ、必要っ」
手を取られ、人差し指から小指までの四本の指がまとめて握られた。
「ごめんっ。こんなっ、ことさせてっ」
紬季はタオルケットをかぶり膝を抱えて謝る。
『いいって』というように、軽く二回手が握り返された。
とても安心する。
誰かと触れ合いたいと紬季が求めていたのは、裸で抱き合って性器を挿入されたいんじゃなく、こういうことだったんだと今気づく。
でも、相手は海だ。
男に興味がないのは雰囲気で分かる。
震えが止まらない最中に手を握ってくれただけでもありがたいのに、そんな余計なことまで考えてしまう。
「僕、あんなことして馬鹿だった」
すると、強く握り返された。
まるで、そんなことないと言ってくれているようだ。
「馬鹿なんだよ。本当に」
紬季は堪らず真実を打ち明けた。
「相手は出会い系の人」
三人と出会って、二人にお金を渡した。
半分真実を告げ、半分は伏せた。どうしても言えなかった。
なのに海は、そんな紬季を見て慈しむように口角を上げる。
そして、片手で器用に携帯を打ち始めた。
『俺も、マッチングアプリを試そうとしたことがある。でも、駄目だった。吃音ありますって伝えられそうにねえやって、すぐアンイストールした』
「海くんはそんなの関係なくモテるよ。だって、走れない僕を惹き付ける走りをしていたじゃないか。あ、あの、でもね、それは、僕が海くんを好きだったとかそんなんじゃなく」
否定するのも二回目だ。
憧れと性欲が絡む好きの違いを分かって欲しかった。
でも海は、さっきより機嫌よさそうに文字を打っている。
『俺はモテないって。そして、紬季は偉いって。出会いを求めて、実際に行動に移したんだから』
「どこが偉いんだよ」
口から出た声は、悲鳴みたいだった。
不意に泣きたくなった。
誰かと触れ合いたくて、狂おしいほど寂しくて、出会い系を利用して、なかなか出会えないからってお金まで渡して。そして、それは最低の行為だって分かっていた。
でも、出会うまでたくさんの勇気が必要だったのだ。
障害を打ち明けたことでメッセージのやり取りが急に途切れること。それに深く傷つくことも。だから、海が肯定してくるなんて思いもしなかった。
『俺んち来ますか?』と誘ってくれたのも、普通に生きることの困難さを海も知っていて、そのよしみで手を差し伸べてくれたんだと思っていた。
でも、そうじゃないみたいだ。
ゆっくりとしか動けない障害を抱えた藤沢紬季ではなく、人間として、男としての欲求を持って行動したことを評価してくれている。
数分、紬季は涙を流し続けたが、海はずっと手を握っていてくれた。
泣いたせいで体温が高くなり、海は海でアスリートなのでもともと体温が高いのか互いの手はエアコンが効いた部屋でも汗ばんでくる。
温度が感じられるようになると、程なくして嗅覚も戻ってきた。
汗臭い。
それも、とてつもなく。
「あのね。もう一つ、海くんに依頼したいんだ。海くんが部屋にいる間にシャワー浴びたい」
そこまで言って紬季は、慌てた。
伝え方をもう少し考えるべきだったかもしれない。
ああ、もう。男が男を好きってどうしてこう面倒なんだ。
「えっと、その、変な意味じゃ無くて。ちゃんと説明するね。さっき、海くんの家では急に服を脱ぐのが怖くなってしまって。僕の家に移動してきても、一人だとなんか……」
『いつでもいい。どこに待機していればいい?』
「じゃあ、シャワーの音が聞こえ始めたら、脱衣所に。変な依頼してごめんね」
すると、海が親指と人差し指で丸を作る。
「あと、扉開けっ放しでもいい?」
また丸が作られる。
『隣に座るけれど、いい?』
頷くと、海が腰掛ける。
「すご、く、ありが、たい」
ちゃんと喋ったつもりなのに、言葉は切れ切れだった。
海が手を顔ぐらいの位置に掲げ、ひらひらする。
「え?」
『この二日、いつも布団の上を手が右に左に彷徨っていて、繋いでやったら、震えが十分ぐらいで治まったから。手、繋いでおく?目覚めているときは必要ない?』
「ひ、ひ、必要っ」
手を取られ、人差し指から小指までの四本の指がまとめて握られた。
「ごめんっ。こんなっ、ことさせてっ」
紬季はタオルケットをかぶり膝を抱えて謝る。
『いいって』というように、軽く二回手が握り返された。
とても安心する。
誰かと触れ合いたいと紬季が求めていたのは、裸で抱き合って性器を挿入されたいんじゃなく、こういうことだったんだと今気づく。
でも、相手は海だ。
男に興味がないのは雰囲気で分かる。
震えが止まらない最中に手を握ってくれただけでもありがたいのに、そんな余計なことまで考えてしまう。
「僕、あんなことして馬鹿だった」
すると、強く握り返された。
まるで、そんなことないと言ってくれているようだ。
「馬鹿なんだよ。本当に」
紬季は堪らず真実を打ち明けた。
「相手は出会い系の人」
三人と出会って、二人にお金を渡した。
半分真実を告げ、半分は伏せた。どうしても言えなかった。
なのに海は、そんな紬季を見て慈しむように口角を上げる。
そして、片手で器用に携帯を打ち始めた。
『俺も、マッチングアプリを試そうとしたことがある。でも、駄目だった。吃音ありますって伝えられそうにねえやって、すぐアンイストールした』
「海くんはそんなの関係なくモテるよ。だって、走れない僕を惹き付ける走りをしていたじゃないか。あ、あの、でもね、それは、僕が海くんを好きだったとかそんなんじゃなく」
否定するのも二回目だ。
憧れと性欲が絡む好きの違いを分かって欲しかった。
でも海は、さっきより機嫌よさそうに文字を打っている。
『俺はモテないって。そして、紬季は偉いって。出会いを求めて、実際に行動に移したんだから』
「どこが偉いんだよ」
口から出た声は、悲鳴みたいだった。
不意に泣きたくなった。
誰かと触れ合いたくて、狂おしいほど寂しくて、出会い系を利用して、なかなか出会えないからってお金まで渡して。そして、それは最低の行為だって分かっていた。
でも、出会うまでたくさんの勇気が必要だったのだ。
障害を打ち明けたことでメッセージのやり取りが急に途切れること。それに深く傷つくことも。だから、海が肯定してくるなんて思いもしなかった。
『俺んち来ますか?』と誘ってくれたのも、普通に生きることの困難さを海も知っていて、そのよしみで手を差し伸べてくれたんだと思っていた。
でも、そうじゃないみたいだ。
ゆっくりとしか動けない障害を抱えた藤沢紬季ではなく、人間として、男としての欲求を持って行動したことを評価してくれている。
数分、紬季は涙を流し続けたが、海はずっと手を握っていてくれた。
泣いたせいで体温が高くなり、海は海でアスリートなのでもともと体温が高いのか互いの手はエアコンが効いた部屋でも汗ばんでくる。
温度が感じられるようになると、程なくして嗅覚も戻ってきた。
汗臭い。
それも、とてつもなく。
「あのね。もう一つ、海くんに依頼したいんだ。海くんが部屋にいる間にシャワー浴びたい」
そこまで言って紬季は、慌てた。
伝え方をもう少し考えるべきだったかもしれない。
ああ、もう。男が男を好きってどうしてこう面倒なんだ。
「えっと、その、変な意味じゃ無くて。ちゃんと説明するね。さっき、海くんの家では急に服を脱ぐのが怖くなってしまって。僕の家に移動してきても、一人だとなんか……」
『いつでもいい。どこに待機していればいい?』
「じゃあ、シャワーの音が聞こえ始めたら、脱衣所に。変な依頼してごめんね」
すると、海が親指と人差し指で丸を作る。
「あと、扉開けっ放しでもいい?」
また丸が作られる。
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