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第一走
6:あ?ああ。海の友達が来ているんだっけ。悪い、悪い
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その行為は、紬季が眠りにつくまで続いた。
目覚めると納戸には換気扇の隙間から青白い光が差し込んでいた。もうすぐ夜明けだ。
ほんの少ししか眠っていないようだが、長い時間身体を休めたような感覚がある。
隣の布団は主不在だった。
部屋の隅では扇風機が回っている。
手の指が少し痛い。
身体の節々がしんどいが、手の痛みが一番新しい。
誰かにずっと握られていたような、そんな痛みだ。
「指の股がバキバキする」
紬季は固まった指を動かす。
「目も、鼻の下もパリパリ。あれ、おでこに冷却ジェル。いつの間に」
枕元に、空になった水のペットボトル数本と、病院から渡された薬の殻が散らばっていた。
ずっと悪夢にうなされていた。
ラブホテルの部屋を慌てて出て行ったはずの出会い系の男が目の前にいて、紬季は強引にマウスピースのようなものを口の中に入れられて、口腔を延々と犯された。
夢という形を借りた再現VTRだった。
その男から逃げたいのに、夢の中でも足は動かず、溺れる人みたいに闇雲に手を伸ばすと、引き上げられたような感覚があったのを覚えている。
誰かが、涙と鼻水をティッシュで何回か拭ってくれて、痛み止めが切れて呻くと、口の中に薬を押し込んで背中を支えて水を注いでくれたのもぼんやりと。
「シー。シ、シ」とまた言われたことも。
それは海に違い無く、世話になった初めての夜に玄関扉の開け閉めから廊下の静かな歩き方まで見て、彼は、この家では息を潜めるようにして暮らしていかなければならないようだと紬季は悟った。
それなのに、自分を助けてくれて。
思いっきり駆け回れる人が窮屈そうにしているのは見ていてなんだか不憫だ。
紬季は、枕に深く耳をつけた。
納戸は道路に面しているので、時折車のエンジン音が聞こえてくる。
廊下からは、海の姉だろうか。
「ごはんとかどうすんのお?」
と間延びした声が聞こえてくる。
ここは安全だ。
どういう訳か、そう思えた。
海は窮屈な暮らしをしているようだが、家自体は寂しい感じがしない。
ガラッと納戸の引き戸が開く音がして、海が入ってきた。
湯上がりのようで濡髪だった。
起きている紬季に気づき、『丸二日寝ていたぞ』と携帯を見せてくる。
「そんなに?!」
『熱っぽかったから冷却ジェル貼った』
『しんどそうだったから鞄を漁って薬を出した。何回か飲ませた』
『着替え貸すから風呂どうぞ』
と報告に余念が無い。
「バイト行くの?」
聞くと、海が首を振る。
『夜番から今帰ってきたとこ。これから飯食って寝る』
身体を起こそうとすると、手を差し伸べられた。
握った感じは、悪夢から救い出されたときと重なる。
一体、何の勘違いだ、と紬季は不思議に思った。
海は男が好きなタイプではないことは雰囲気で分かる。寝ている紬季と手を繋ぐ必要なんて皆無なはずだ。
起き上がると、廊下を歩いてすぐ側にある脱衣所まで連れて行かれた。
綺麗なTシャツとハーフパンツを渡してきた海は『浴び終わったら台所に来て』と書かれた携帯を見せ、脱衣所から消えていく。
自分の家でないは無い風呂場を借りるのは初めての経験だった。
女性用と男性用の洗顔料やヘアクリームなどが所狭しと並んでいる。
汗でベタベタのTシャツを脱ごうとしたら、急に動悸がし始めた。
「え?何で??」
息が苦しくなり始め、紬季は脱衣の手を止めた。
ひとまず自分を落ち着かせるために、洗面台のコックを捻って水を出し冷たい水で顔を何度も洗った。
それでも動悸は収まらない。
自分の家ではない場所で裸を晒すのが堪らなく無防備な気がして、試しに今度は履いていたズボンに手をかけてみたが、やっぱり下ろせなかった。
「僕、変だ」
ガチャッと脱衣所の扉が開いて、タオルでも海が届けにきたのだろうかと思って振り向いたら、ガタいのいい作業着姿の顎ヒゲ男が立っていて、
「あ?ああ。海の友達が来ているんだっけ。悪い、悪い」
と言った。
目覚めると納戸には換気扇の隙間から青白い光が差し込んでいた。もうすぐ夜明けだ。
ほんの少ししか眠っていないようだが、長い時間身体を休めたような感覚がある。
隣の布団は主不在だった。
部屋の隅では扇風機が回っている。
手の指が少し痛い。
身体の節々がしんどいが、手の痛みが一番新しい。
誰かにずっと握られていたような、そんな痛みだ。
「指の股がバキバキする」
紬季は固まった指を動かす。
「目も、鼻の下もパリパリ。あれ、おでこに冷却ジェル。いつの間に」
枕元に、空になった水のペットボトル数本と、病院から渡された薬の殻が散らばっていた。
ずっと悪夢にうなされていた。
ラブホテルの部屋を慌てて出て行ったはずの出会い系の男が目の前にいて、紬季は強引にマウスピースのようなものを口の中に入れられて、口腔を延々と犯された。
夢という形を借りた再現VTRだった。
その男から逃げたいのに、夢の中でも足は動かず、溺れる人みたいに闇雲に手を伸ばすと、引き上げられたような感覚があったのを覚えている。
誰かが、涙と鼻水をティッシュで何回か拭ってくれて、痛み止めが切れて呻くと、口の中に薬を押し込んで背中を支えて水を注いでくれたのもぼんやりと。
「シー。シ、シ」とまた言われたことも。
それは海に違い無く、世話になった初めての夜に玄関扉の開け閉めから廊下の静かな歩き方まで見て、彼は、この家では息を潜めるようにして暮らしていかなければならないようだと紬季は悟った。
それなのに、自分を助けてくれて。
思いっきり駆け回れる人が窮屈そうにしているのは見ていてなんだか不憫だ。
紬季は、枕に深く耳をつけた。
納戸は道路に面しているので、時折車のエンジン音が聞こえてくる。
廊下からは、海の姉だろうか。
「ごはんとかどうすんのお?」
と間延びした声が聞こえてくる。
ここは安全だ。
どういう訳か、そう思えた。
海は窮屈な暮らしをしているようだが、家自体は寂しい感じがしない。
ガラッと納戸の引き戸が開く音がして、海が入ってきた。
湯上がりのようで濡髪だった。
起きている紬季に気づき、『丸二日寝ていたぞ』と携帯を見せてくる。
「そんなに?!」
『熱っぽかったから冷却ジェル貼った』
『しんどそうだったから鞄を漁って薬を出した。何回か飲ませた』
『着替え貸すから風呂どうぞ』
と報告に余念が無い。
「バイト行くの?」
聞くと、海が首を振る。
『夜番から今帰ってきたとこ。これから飯食って寝る』
身体を起こそうとすると、手を差し伸べられた。
握った感じは、悪夢から救い出されたときと重なる。
一体、何の勘違いだ、と紬季は不思議に思った。
海は男が好きなタイプではないことは雰囲気で分かる。寝ている紬季と手を繋ぐ必要なんて皆無なはずだ。
起き上がると、廊下を歩いてすぐ側にある脱衣所まで連れて行かれた。
綺麗なTシャツとハーフパンツを渡してきた海は『浴び終わったら台所に来て』と書かれた携帯を見せ、脱衣所から消えていく。
自分の家でないは無い風呂場を借りるのは初めての経験だった。
女性用と男性用の洗顔料やヘアクリームなどが所狭しと並んでいる。
汗でベタベタのTシャツを脱ごうとしたら、急に動悸がし始めた。
「え?何で??」
息が苦しくなり始め、紬季は脱衣の手を止めた。
ひとまず自分を落ち着かせるために、洗面台のコックを捻って水を出し冷たい水で顔を何度も洗った。
それでも動悸は収まらない。
自分の家ではない場所で裸を晒すのが堪らなく無防備な気がして、試しに今度は履いていたズボンに手をかけてみたが、やっぱり下ろせなかった。
「僕、変だ」
ガチャッと脱衣所の扉が開いて、タオルでも海が届けにきたのだろうかと思って振り向いたら、ガタいのいい作業着姿の顎ヒゲ男が立っていて、
「あ?ああ。海の友達が来ているんだっけ。悪い、悪い」
と言った。
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