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第一走

5:スケベって病気だから、罰が当たったんだよ

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「紬季。紬ぐに季節の季って書く」
『センスのいい名前だ。どこ住んでんの?学生?』
「駅前。通信制の高校を卒業してからは何もしてない」
 一旦、会話が途切れた。
 海が少し困った顔をしている。
 だから、紬季の方から「何?」と聞いた。
 海が迷ったような手付きで文字を打つ。
『ラブホの相手って、彼氏じゃないよな?』
 答えられなかった。
 曲がったことが嫌そうに見えるから、『ああいう危険なこと、止めておけよ』と言われるんだと思って紬季は傷つくことに備えようとした。
 だが、携帯の打たれた文字は、
『そうであったとしても、辛すぎるよな』
 どうやら海は慰めたくて聞いてきたらしかった。
「ひんっ」と変な泣き声が出て、紬季は貸してもらったタオルに顔を押し付ける。
「スケベって病気だから、罰が当たったんだよ」
『病気?まっとうな性欲だろ』
「誰かに出会いたい気持ちが抑え切れないんだ」
 そして、まともに出会おうと思っても出会えないから、出会い系を利用したんだ。
 今回の相手が三人目だったんだ。
 そこまでは赤裸々に吐露できなかった。
 一人目は営業職のサラリーマンで、最中でも電話がかかってくる忙しい人だった。紬季が初めてだから、長い時間を使って身体を開いてくれて優しく繋がってくれたが、挿入中に電話に出られたり、自由に動けない紬季をうつ伏せにしたり逆にしたりするとき、軽口なんだと思うがとても傷つくことを言われて悲しかったのを覚えている。
 二人目は大学生で、事後にラブホテルの備え付けのテレビを一緒に見れたのがいい記憶として残っている。一人目のサラリーマンは、終わった後、ゆっくりする暇も無く帰ってしまったからだ。仕事だからしょうがないとは思ったが、一人部屋に残されるのは悲しかった。
 ちょうどワイドショーではLGBTのパレードが紹介されていて、二人目の大学生に「最近、こういうの頻繁に見るけれど参加して何になるのかなあ」と紬季が言ったら、「繰り返すことで色んな人がちょっとでも話題にしたり、視覚情報として頭に入ったりすることに意義があるんだって。大陸の真ん中で蝶々の羽ばたきで起こった風が、巡り巡って海洋で大きな波になるみたいに変化が起きて大きくなっていくように。それはバタフライ効果っていうんだけど。僕らが男同士でラブホテルに入れるようになったのも、男だけの出会い系サイトが潰されないのも、名も知らない人らがこうやって声を上げ続けてくれたからだよ。ってことで、また会えない?」
 またと言われて嬉しかった。それが、謝礼も含まれてのまただとは分かっていても。
 自由の効かない身体で、おまけに男が好きで。
 でも、人一倍誰かと触れ合いたくて。
 一人暮らしだから寂しさが募って、誰もいない部屋に籠もっているのが辛くてチラシ配りのバイトでごまかしていたが、話がまとまれば会うことができる出会い系サイトの存在を知ってハマってしまった。
 一応、二十歳まで利用は待ったのだ。
 その年になれば自由にできるお金が口座に入ってくるからだ。
 出会えるのは、二週間に一度が限度だった。
 誰かと抱き合うことができる。
 それは、紬季に希望と不安を同時に与えた。
 本当に着てくれるかな?
 ゆっくりしか動けない僕をどう思うだろう?
 見た目とか気に入ってくれるかな?
 緊張で出会う前からぐったりしていて、最中も、事後もそんな感じで、これはよくない行動だと思っても、出会い系サイトの閲覧は止められなくて。
 海に肩を軽く突かれる。
 病院でそうされて驚いたのを覚えてるのか、とても優しい指先だ。
 ティッシュボックスを差し出された。涙を拭いて、鼻をかむ。
 本当に自分は馬鹿なことをした。
 危険な目にあって、大勢の人に迷惑をかけた。
 ラブホテルのスタッフ、救急隊の人。病院の医師や看護師。それに、警察。
 生きているだけで社会の負担になっているんだから、息だけしとけ。
と、最も言われたくないないことを自分で自分に言いたくなる。
 僕はただのお荷物なんだなあ。
 中学のスポーツ大会のときに、走れないし教室とは違う慣れない場所で怪我をされると困るからと救護室に追いやられた頃と何ら変わっていない。
「う、ううっ」
 タオルではもう駄目で、手で口を押さえる。
 それでも、声は漏れた。
「シー。シ、シ、シ」
 海が空いている手の人差し指を口元に持っていき、紬季に合図をする。
 吐くのを我慢するみたいにして泣くのを堪えると、背中に手を伸ばされ擦られた。
 こんなことしていいのか迷っているようなこわごわとした手付きだった。
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