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第三章

71.ってことはこれ、人生初の原稿料

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 またしてもくどくどくどくど書いてあったが、端的にまとめると、『言い回しや表現におかしな部分がまだあるが、設定は大層生々しくていい』と言いたいらしかった。
 返事と共に届いたのは、昔の物語が書かれた大量の粘土版で追加の仕事依頼らしかった。運送ニャーゴ十匹によって運ばれてきて、神紋解除待ちをする彼らが庭に並ぶ様子は圧巻だった。
 大昔の戦では象を並べて戦ったというが、それに勝るんじゃないだろうか。
 ウトゥから送られてきた最後の箱を確認する。そこにウトゥの神紋付きの小さな革袋が入っていた。
「ウトゥさんの私物が混ざってしまったのでしょうか?」
とスエンに聞くと、彼は意味深に笑う。
 中を開けてみると、米粒三粒を練って伸ばしたぐらいの薄くて小さな金の板が入っていた。
「これは?」
「おそらく謝礼かと」
「謝礼?何の?」
と首を傾げた森羅はやがてはっとする。
「もしかして、現代版に作品を修正したことに対しての?でも、だって、その……、直す所がまだあるって、ウトゥさんはっ」
 森羅は動揺が隠せない。
「それでも、ちゃんとウトゥの期待に答えたんですよ。シンラは」
「ってことはこれ、人生初の原稿料。すげー」
 自分の文章に金が支払われる。
 夢見て生きてきたが、現実になるとなんと重みのある経験だろう。
「オレ、ここまで来れたんだ」
 目尻がうっすらと濡れ、鼻が垂れてくる。
 事象大作家先生と笑われても、無駄にポジティブと言われても。
 ―――あれ?
 もっと酷いことを忘れている気がする。
 前もこういう感覚に陥った。
 でも、思い出せない。
 手のひらに謝礼をそっと乗せてみる。
「金一グラムぐらいかな?金の価格って幾らだっけ?確か、五千円から一万円の間ぐらい?」
 スエンの友人だからといって、大盤振る舞いしないところが森羅には好ましかった。
 きっとウトゥは自分の実力を正当に評価してくれたんだと思えるからだ。
「ほら見ろよ」と謝礼の金をショウに見せてみた。ショウはそれが美味しいものかと勘違いして舐めようとしてくる。
「あ、こら!」
 スエンがクスクス笑う。
「キ国の土人形は、初めての稼ぎをとても大切にしていて、自分を飾る装飾品に使うようです。例えば指輪とかネックレスとか。シンラも自分用に何か作ってみては?」
 初めての原稿料に有頂天になってた森羅は、ふとスエンの長い指を見た。
「じゃあ、先生に送るのもあり?」
「私に?何も捧げてくれなくていいですよ」
「捧げるとかそういうことじゃなくてさ」
 森羅は急激に照れた。
「オレがいた世界だと、愛する相手に指輪を送るんだ。特別な日に。もうちょっと原稿料が溜まったら受け取って貰えない?」
「……シンラ」
「そこまで驚かなくても」
「驚きますよ。そんな土人形は初めてです。土人形というものは、神から搾取するのが基本でしょう?なのに、私に指輪を捧げたいだなんて」
 スエンは少し動揺しているようだった。
「さっきも言ったんだけど、捧げるんじゃないんだってば」
 森羅は自分の指に輪を作って見せる。
「オレから先生に指輪をあげることで、オレの存在を意識してもらいたいっていうか。特別な存在にして欲しいっていうか。だかか聖なる思いというよりは欲まみれの贈り物なんだけど」
『夜明け前の物語』のシチュエーションみたいに、スエンの中指を掴んで指を絡めてみる。
「貴方みたいな土人形、初めてです」
 また同じことを言ってスエンが森羅を固く抱きしめてきた。

 思えばこの頃が一番幸せだったのかもしれない。


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