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第三章

59.求めても求めても止まない

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 一口食べて、スエンが目を白黒させる。
「ウトゥさんも最初、そんな表情をしていました」
「まるで口の中で火薬が弾けているような。今まで味わったことがない食感です。肉を飲み込んでも刺激的な香りが口の中に残っている。シンラ。おかわり」
 シンラが鹿肉に岩塩と黒い粉をまぶす側から、スエンが平らげていく。
「ふう。初めて陶酔木を知ってニャーゴもこんな気分だったんでしょうか。求めても求めても止まない」
「先生が空腹ってこともあるかもしれないですが、この黒い粉、食欲が増すでしょう?」
「手が止まりませんでしたよ。何という植物なのです、それ?」
 森羅は黒い球を手にとって見せた。
「おそらく胡椒の原種だと思います」
「コ、ショ?」
 この世界にはまだ無い言葉らしい。スエンは上手く発音できないようだ。
「オレがいた世界ではよくある香辛料として使われていました。赤身肉や魚料理に使ったり、隠し味に使ったり。白い胡椒もあってそっちは白身の肉に使うって、グルメ小説を書こうとしたときに集めた資料に書いてあったような」
 鼻を近づけて胡椒の匂いを嗅いだだけで、じゅるりとスエンが舌なめずりをした。
 野性味がある。
 静かに食べるスエンしか見たことが無いので、森羅は少しドキドキする。
「あと何切れ、いきます?」
 森羅も腹が空いてきたので、一緒にいただく。
 鹿肉は筋繊維が多いようで、非常にもちもちした歯ざわりだ。噛み切るのに少しに少し時間がかかる。
「この黒い粉は本当にくせになる。すぐに食べたくなりますね」
とスエンは粉にした胡椒を摘みながら興味津々だ。
「ただの食材だけど、中毒性があるのかもしれないです。オレがいた世界では、胡椒貿易で城が建つほど儲かった時代もあったようです」
 森羅は球の方を掴んだ。
「これは、胡椒の原種の実なのでまだ大味ですが、改良を重ねて実を小さくすれば味がぎゅっと詰まってもっと刺激のある味になるかと。森の主ニャーゴの身体にいっぱいくっついていたので、胡椒の原生群があの森の中にあるのかもしれません」
 ちょうど森羅が話し終わったところで、バンバンと玄関扉が叩かれた。
 巨猫が玄関前で伸び上がって腹を見せている。
「あれ?見たことのない柄のニャーゴだ」
 全体の毛は白く、頭の部分は黒。それが八の字に割れた柄の猫で森羅が玄関まで出ていくと、額には神紋が付いていた。
 箱のようなものを二段背負っている。
 スエンが森羅の後を追って玄関まで出てきた。
「ウトゥの神紋ですね。彼が私宛に送ったニャーゴ便のようです」
 スエンが手の甲に神紋を浮かび上がらせ、ニャーゴの額にかざす。
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