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プロローグ

1.余命一年なんだって?

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 消灯時間を待って、ブランケットとノート型パソコンを持ち、森羅(シンラ)は病院のベランダへと向かう。
「わあ。今夜は星が綺麗だ」
 秋が深まり空気が冷たい。
 コンクリートの床にブランケットを敷いて、その上に座り込む。
 あぐらを掻いて、携帯のテキストエディタアプリを開いたが、ワードカーソルはいつまでもその場で点滅を繰り返していた。
 ベランダの柵に寄りかかって脱力。
「この気持ちを文字にしたいのに。やっぱり、才能ないのかな」
  森羅が書いた本が出る―――はずだった。
 なのに、直前で担当編集者は異動。新しい担当からこんなメール。
『書籍化予定だった作品はもう一度練り直し、さらによいものにしていきましょう』
 つまり。ボツってことだ。
 ネットで検索すればよくあることだと書かれている。
 これは自分だけに起こった不幸じゃないと言い聞かせて、再度、文字を売っていこうと液晶画面に指を置く。
 血管が走る甲は赤黒くなっている。腕の方はもっと酷い。
 何度も注射されたせいだ。
「あと五年。いや、十年は持って欲しい。この身体。だから、落ち込んでいる場合じゃない」
 でも、カーソルの位置は止まったまま。
 生まれて始めて感じた希望がメール一本でかき消えてしまったのだから、立ち直るまで時間がかかりそうだ。
 不意にベランダの重い扉が開く音がした。
 白衣を着た男が二人やってきて、胸ポケットからタバコを取り出す。
 死角の位置にいる森羅には気づいていない。
 だが、気づかれたところで怒られやしない。
 病人なのに夜中の病院をウロウロできるのは、森羅だけに許された特権なのだ。
 彼らは若い医師で親しく会話する仲だったが、今日は話をしたくなかった。
「どうよ?小説の進み具合は?」って絶対に聞かれる。
 タバコに火を付けながら、彼らは喋り始める。
「聞いたぞ。あいつ、余命一年なんだって?」
「ああ」
 誰かの具合が良くないようだ。
 ここは、難病の研究施設があり、最先端の治療が無料で受けられる。
 その代わり患者は薬漬けだ。
 命ギリギリまでいろんな治療を試されて、楽には死なせて貰えない。
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