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第五章
92:この腕の中が、ミオの天国だ。
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英国は、霧の街だという。
もう遠くに港が見えていいはずなのに、濃い霧が邪魔をして街の容貌は一向にわからない。
ミオは、デッキに座っていた。英国商船に乗り込んでいた仕立て屋にオーダーしたスーツを着ている。ジョシュアからのプレゼントだ。
額に変わった印をつけた色白の少年が、以前は奴隷だったと、きっと誰も思わない。
隣りには、ジョシュアが座っていた。愛おしむ視線を常にミオに送り続けている。まだまだ万全の体調ではないミオを、朝から晩までこうやって見守り続けている。
離脱症状は、まだ消えない。ジョシュアの腕の中にいると分かっていても暴れてしまうこともある。せっかく食べた物を吐き戻して寝込んでしまったり、熱を上げたり一日、一日が目まぐるしい。どこまで生きれるのかは未知数だ。
でもミオは、再びジョシュアと巡り合って思ったのだ。
ジョシュアとの別れの日がやってくるとき、悲しみを残して愛しい人の元を去るのも愛の一部なのかもしれないと。だからきっと、愛し愛されると決めたら降りかかってくる出来事に目を背けてはいけない。
ミオは、教科書替わりのロマンス小説を膝の上で広げた。ジョシュアの国の文字は複雑なミミズ文字にしか見えないが、愛という単語を習ってから愛おしいものに変わった。
ジョシュアに読み上げて貰い、意味をその後聞かせてもらう。
そうやって、なんとか完読することができた。
最後のページを捲ると、二枚の手紙が挟まっているのを発見した。
筆跡は別々で、一枚は書きかけだった。
「なんでしょう。これ」
手紙に目を落とし暫く読んでいたジョシュアが「アシュラフ、あいつ」と頬を赤らめる。
「マデリーンに宛てた恋文だよ。かなり情熱的な。そして、こっちの書きかけのはマデリーンのものだ」
ジョシュアが、大げさなため息をついた。
「本に恋文が挟まれていたのはおそらく偶然ではないな。恋文を発見したミオさんが、僕にそれを見せきっと内容を聞くだろうと踏んだからだ。字の読めない君に説明するうちに、僕の感情は揺さぶられる。ほら、このように。マデリーン。アシュラフより策士だったとは」
ジョシュアは、一本取られたというような苦笑いを浮かべた。
「ありのままを報告させてもらうとするよ。グレートマザー、二人は不器用ながら愛を育んで来たようですってね」
ミオは、微笑んで立ち上がった。
「霧が晴れてきました。いよいよ、英国ですね」
街の姿がぼんやり見える。どんな生活になるのか想像がつかない。
でも、この人がいればどこにいたって幸せだと、ミオはジョシュアを見つめる。
ベンチに座る男は、ミオと目が合うとこう言った。
「ロンドン観光はいかがですか?」
「え?観光ですか?」
ミオは、はてと首を傾げた。
「ビックベンからの眺めは最高ですよ。ロンドンブリッジも建築物として一級品です。お客様が向かう館では、食事も寝床の準備も万全です」
ようやく意味が分かった。サライエでのミオを真似て、ジョシュアが誘っているのだ。
ミオは、懐かしく思い出す。
サライエの海沿いの道。宿屋の軒先で物憂げな表情で座っていたハシバミ色の目の男と、泣きそうな顔で声をかけた自分。
そこから、愛し愛されることを学ぶ旅をしてきた。
ミオは、ベンチに座るジョシュアの目の前に立った。
そろそろと手を伸ばし、ジョシュアを自分から抱きしめる。
お互い望んでいる。抱いて抱きしめ返されることを。
触れると、温かな体温が伝わってくる。
そして、夜の庭のような花の香も。
愛しい人が腕の中にいる。
ミオの大好きな夜の庭の香りを漂わせて。
ここの腕の中が、ミオの天国だ。
「はい。お世話になります」
と答えると、ジョシュアがぎゅっと抱きしめ返してきた。
同時に、英国入りするミオを歓迎するように船が汽笛をあげた。
もう遠くに港が見えていいはずなのに、濃い霧が邪魔をして街の容貌は一向にわからない。
ミオは、デッキに座っていた。英国商船に乗り込んでいた仕立て屋にオーダーしたスーツを着ている。ジョシュアからのプレゼントだ。
額に変わった印をつけた色白の少年が、以前は奴隷だったと、きっと誰も思わない。
隣りには、ジョシュアが座っていた。愛おしむ視線を常にミオに送り続けている。まだまだ万全の体調ではないミオを、朝から晩までこうやって見守り続けている。
離脱症状は、まだ消えない。ジョシュアの腕の中にいると分かっていても暴れてしまうこともある。せっかく食べた物を吐き戻して寝込んでしまったり、熱を上げたり一日、一日が目まぐるしい。どこまで生きれるのかは未知数だ。
でもミオは、再びジョシュアと巡り合って思ったのだ。
ジョシュアとの別れの日がやってくるとき、悲しみを残して愛しい人の元を去るのも愛の一部なのかもしれないと。だからきっと、愛し愛されると決めたら降りかかってくる出来事に目を背けてはいけない。
ミオは、教科書替わりのロマンス小説を膝の上で広げた。ジョシュアの国の文字は複雑なミミズ文字にしか見えないが、愛という単語を習ってから愛おしいものに変わった。
ジョシュアに読み上げて貰い、意味をその後聞かせてもらう。
そうやって、なんとか完読することができた。
最後のページを捲ると、二枚の手紙が挟まっているのを発見した。
筆跡は別々で、一枚は書きかけだった。
「なんでしょう。これ」
手紙に目を落とし暫く読んでいたジョシュアが「アシュラフ、あいつ」と頬を赤らめる。
「マデリーンに宛てた恋文だよ。かなり情熱的な。そして、こっちの書きかけのはマデリーンのものだ」
ジョシュアが、大げさなため息をついた。
「本に恋文が挟まれていたのはおそらく偶然ではないな。恋文を発見したミオさんが、僕にそれを見せきっと内容を聞くだろうと踏んだからだ。字の読めない君に説明するうちに、僕の感情は揺さぶられる。ほら、このように。マデリーン。アシュラフより策士だったとは」
ジョシュアは、一本取られたというような苦笑いを浮かべた。
「ありのままを報告させてもらうとするよ。グレートマザー、二人は不器用ながら愛を育んで来たようですってね」
ミオは、微笑んで立ち上がった。
「霧が晴れてきました。いよいよ、英国ですね」
街の姿がぼんやり見える。どんな生活になるのか想像がつかない。
でも、この人がいればどこにいたって幸せだと、ミオはジョシュアを見つめる。
ベンチに座る男は、ミオと目が合うとこう言った。
「ロンドン観光はいかがですか?」
「え?観光ですか?」
ミオは、はてと首を傾げた。
「ビックベンからの眺めは最高ですよ。ロンドンブリッジも建築物として一級品です。お客様が向かう館では、食事も寝床の準備も万全です」
ようやく意味が分かった。サライエでのミオを真似て、ジョシュアが誘っているのだ。
ミオは、懐かしく思い出す。
サライエの海沿いの道。宿屋の軒先で物憂げな表情で座っていたハシバミ色の目の男と、泣きそうな顔で声をかけた自分。
そこから、愛し愛されることを学ぶ旅をしてきた。
ミオは、ベンチに座るジョシュアの目の前に立った。
そろそろと手を伸ばし、ジョシュアを自分から抱きしめる。
お互い望んでいる。抱いて抱きしめ返されることを。
触れると、温かな体温が伝わってくる。
そして、夜の庭のような花の香も。
愛しい人が腕の中にいる。
ミオの大好きな夜の庭の香りを漂わせて。
ここの腕の中が、ミオの天国だ。
「はい。お世話になります」
と答えると、ジョシュアがぎゅっと抱きしめ返してきた。
同時に、英国入りするミオを歓迎するように船が汽笛をあげた。
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すごく綺麗で最後まで一気に読んでしまいました。
とても良かったです!
ありがとうございます!
とわさん 感想ありがとうございます。とても嬉しいです。これからも楽しんでいただける作品を頑張って書いていこうと思います!
完結おめでとうございます
ミオがどこまでいきられるかわからない、このラスト胸に刺さります
英国の曇り空が体にあうか、水とかも違うし、わかりませんが質のよい生活はさせてもらえそうですね
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素敵なお話ありがとうございました
次回作も楽しみしてます