【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第五章

76:僕らが気がつかなかっただけで、まだまだ手札は持っていると思う

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 青の部族の村に向かうため、内陸を横断して戻るルートを取った。タンガとの約束通り可愛い顔でねだれたかはわからないが、黒の部族がカナート工事を独占していて、黒い水を採掘するときに指名すれば技術を独占しかねないということを、ミオはジョシュアにきちんと伝えた。
 黒い水の採掘自体いつ始まるのかわからない、とジョシュアは言った。
「おそらく、阿刺伯国と西班牙の共同採掘になると思う。西班牙の採掘技術は高くてね。英国が一枚かませてもらうのが、一番穏便な気がするが。でも、グレートマザーは阿刺伯国と西班牙が、黒い水だけで結びついていると思っている。例えば、アシュラフとマデリーンが恋愛関係を育んでいたというような証拠でもあれば、お怒りも半減するかもしれないね」
「ジョシュア様は、グレートマザーに阿刺伯国のことをどう報告されるつもりなんですか?」
「ありのままを報告し、最終的にはグレートマザーがお決めになることだ……と、以前の僕なら冷たく言っていただろうが、久しぶりにアシュラフとサミイと出会って、どうにかしてあげたいと考えている。ただ、アシュラフは策士に成長していたから、今後も注意は必要だけれども。西班牙、葡萄牙と懇意になった阿刺伯国を英国が攻撃したら、欧羅巴本土にも戰の火の粉が飛ぶ可能性が高まる。グレートマザーはそんな危険な戰をしかけようとするはずがないとアシュラフは考えて、マデリーンを妻にした。そして、サミイを僕に預け、話を終わらそうとした。ミオさんの存在が無ければ、最後まで父という切り札は使わなかっただろうしね」
「使わないで、どうするつもりだったんですか?」
「別の危機がやってきたときのために、とっておくのさ。それに、父が最後の切り札だといっていたけれど、僕らが気がつかなかっただけで、まだまだ手札は持っていると思う」
「アシュラフ様は屈託がない少年のようでいて、実は恐ろしい方なんですね」
「けれど、アシュラフが間違わなければ阿刺伯国は安泰だ。きっと英国や欧羅巴各国と均衡状態を保ちながら、国を発展させていく」
 トトトッと軽い音を立てて、二頭のラクダが砂漠を駆けていく。振り返っても、もう王都は形も見えない。たった数日の滞在だったが、一年を過ごしたように長く感じた。
 明け方に町を出て、オアシスを目指す。その逆のときもある。人のいないオアシスで裸になって抱き合い、町にたどり着くと人目を避けて口づけしあった。
 小さな町ばかり通過してきたので、一線を越えるために必要なものをジョシュアはまだ手に入れていないようだった。
 唇で身体の至るところを愛撫され、きつく抱き合って、最後にジョシュアの腹でこすられて液を出させられる。
 ジョシュアと一緒に過ごす時間や、夜、腕に抱かれて眠ること、口づけも、それ以上のことも全てが幸せだった。
 たった一つの不安は、身体に疲れが溜まっていくことだ。涼しい王宮での生活に身体が慣れてしまったのか、それとも、ジョシュアに会うために時間を空けずに何回も飲んでしまった滋養剤の影響なのか。
 一連の騒動でずっと張っていた気が、一気に緩んだというのもあるかもしれない。一日ごとに昨日の倍、旅が辛くなっていく。
 自分の身体は少しおかしい。
 ようやくミオが認めたのは、王都を出て六日を過ぎた頃だった。まだ暗いうちから町を出て目指したオアシスは少し距離があった。鉛のような疲労とともにミオは起き出し、ラクダを走らせた。
 青の部族の村はそこからもう一息で、夕方出発すれば真夜中になる前につけそうだった。しかし、疲れすぎていてタンガに再び会えるのが嬉しいはずなのに、心が弾まない。
 ミオは、夕方まで身体を休めるための天幕を張ろうとした。支柱を組み立てて布を張り紐を引っ張ろうとするが、天幕は完全には持ち上がらなかった。山羊の皮をなめして作った幕はとても軽いはずなのに、今日のミオには重くてたまらない。サイティの下でブルブルと腕の筋肉が震える。
 とうとう、紐を離してしまった。ダンッと大きな音を立てて天幕が倒れる。二頭のラクダから荷物を下ろしていたジョシュアが駆け寄ってきた。
「ミオさん。怪我は?」
「ありません。ちょっと、ドジしてしまって」
 身体に力が入らなくて、とミオは言わなかった。ジョシュアは心配症だから、近くの町までラクダを走らせに医者を呼びに行きかねない。
 少しずつお互いの身体の距離を詰めている最中なのに、水を差すようなことをしたくない。
「もしかして、調子が悪い?今日は、早朝から長距離を移動したからね」
「いいえ。大丈夫です」
 これぐらいの距離、サライエにいたころは平気だった。今日は灼熱の太陽も浴びていない。頭痛だって耳鳴りだってしない。
 ただ、身体がいうことをきかない。
 ミオはジョシュアに手伝ってもらって天幕を張ったあと、革の小袋を開けて滋養剤を一粒取り出した。こっそり口に含む。滋養剤にすっかり耐性ができてしまったこの身体だと効くのはいつ頃だろう?昼過ぎか、それとも夕方か。夜にはしたなく効いてしまったら、ジョシュアになだめてもらうしかない。
 夜の痴態を想像してミオは一人笑ったが、本当は飲むのが恐ろしかった。
 もし効かなければと、いう考えが心をよぎったのだ。
 以前も、効かなかったことがある。ジョシュアとの初めての晩のことだ。その後は、時間がかかっても滋養剤は効いていたので、深く考えるのを避けてきた。
 阿刺伯国の奴隷は短命だ。だが『白』は、それ以上に命が短い。
 周りから事あるごとに聞かされ、自分でも、何度も言い聞かせてきた。
 ミオは首を振った。天幕を張れないのはただの疲れだ。
 サライエにいた頃は、ラクダ使いの仕事があまりにも重労働だったため、二日に一回のペースで飲んでいたが、王都に入ってから今日までそんな機会もなく、最後に飲んだのは十日も前だ。一粒飲めば一気に回復するはず、と口の中に放り込んだ。
 オアシスで水を浴びるジョシュアを浜辺に座って見る。一緒に泳ごうと誘われたが、遠慮した。太陽の光がヤシの木の隙間から幾筋も差し込んできて湖面に反射しキラキラ光っていた。逞しい裸体を晒して泳ぐジョシュアを見ているのが幸せだった。そのうち膨大な疲れに襲われて、ミオは目を瞑る。
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