72 / 92
第四章
72:アシュラフ。もしかして君は四年間もこんなことを……
しおりを挟む
「夕方には王都を立とう」とジョシュアが言った。昨晩一睡もしていないので、口づけしあったまま眠り落ちる。
ミオが浅い眠りに落ちると、ふっと身体にかかっていたジョシュアの腕の重みがなくなった。
「ジョシュア。間もなく立つんだってな。結局、英国女王にどう報告する気なんだ?」
アシュラフの声だ。ミオの瞼がひくひくと動くが、よほど疲れているのか眠りから覚め切らない。
「マデリーンは?もうケンカしたのかい?」
「まさか。サミイと話を弾ませている。それより、どうなんだ?」
「グレートマザーには、ありのままに報告するよ」
「喰えないヤツだ。あんなに感動的に俺たち三人が結びついたってのに。あんたはやっぱり心の底では、この国を許せてないんだろう」
ミオの瞼が、ようやく開いた。寝台の傍に立つアシュラフが、ジョシュアに首から下げていたネックレスを渡していた。鍵の付いているものだ。
「これが、俺の手持ちの最後の札だ。案内する」
アシュラフが部屋の扉に向かって歩き出す。ジョシュアがミオを起こさないようそっと身体を起こしたので、自分には知られたくないのだとミオは悟った。
だが、アシュラフの後に続くジョシュアの後ろ姿があまりにも元気がない。
気になって、足を忍ばせついていく。
二人は無言で長い廊下を歩き出し、地下に繋がる階段を降りて行く。食糧庫や、備蓄品を納めておく倉庫など各階で地下の役目は違うようだった。どこまでも地下の階段を下って行くと、やがてかび臭い匂いがし始める。
二人はその廊下を歩き始めた。こっそりと階段から伺うと、両脇は穴倉に鉄の門が付けられている。無人の地下牢のようだ。
王宮の地下にこんなものがあったなんてと思っていると、「ここだ」と言うアシュラフの声が響いた。ガチャガチャと鍵に穴が差し込まれる音がする。ギイッとさび付いた音が響いた。
「アシュラフ。もしかして君は四年間もこんなことを……」
ジョシュアが、戸惑った声を上げていた。
「この男はな、もともと閉鎖的だった阿刺伯国を四年前にさらに閉ざそうとしたんだよ。隣国との食料の取引さえ禁じた。あっという間に民は飢え餓死者が出て、部族間の内紛がいくつも起こった。欧羅巴の連中は、阿刺伯国が荒れるのをほくそえんで見ていた。阿刺伯国が弱れば簡単に黒い水が手に入るからな。だから、俺がこの男を王の座から引きずり下ろした」
「サライエの港に降りた瞬間から、あの頃とは比べものにならないぐらいこの国が変わったことがわかったよ。欧羅巴の文化が流れ込んでいて、物が溢れていて、多くの人が笑っていて、どこも活気に満ちていた。父が寝付いたことにして、君がこの国を変えていったんだね」
「若造だと、部族の長や富豪たちに舐められる。狂王と恐れられていた父の名前を、この四年間存分に使わせてもらった」
足音が近づいてきて、ミオは階段を足を忍ばせ駆け上り、別の階に隠れた。険しい顔をしたアシュラフが通り過ぎて行く。
完全に足音が途絶えてから、恐る恐る階下に向かった。
ジョシュアが一番端の牢の前で、鉄格子を掴んで立っていた。
ミオに気づいて、表情を曇らす。
「す、すみません。ジョシュア様の様子が心配で、後をつけてしまいました」
「こっちまで来て、牢の中を覗いてみる勇気はあるかい?君を間接的に苦しめた男がここにいる」
「あ……と、その」
話の内容からして、ジョシュアとアシュラフの父親、つまり昨日まで民に王と思われていた男が閉じ込められているのは分かっていた。
見たくないのに、勝手に足が進んだ。袖の切れたボロボロのサイティを着た長い髪の男が、手枷と足枷をされて牢の隅にうずくまっていて、目が合うと野犬のような唸り声を上げる。
「アシュラフは、叔父と組んで父を王座から追いやったんだ。そのお蔭で、阿刺伯国は戦火を逃れ豊かになった。王が長期で不在だというのに、誰も表だって騒がないのは、この男が誰一人大切にしてこなかったという証明だろうね」
「そんな冷たいことを、おっしゃらないで下さい。ジョシュア様が王宮中を探し回っているとアシュラフ様は言っていましたよ。お父様が心配だったからではないですか?」
「ないよ。そんなことは絶対にない。サミイを性の道具にし、僕の母を無理やり抱き、アシュラフの母だって酷い扱いを受けて死んでいった。こんな男のこと……」
「でも、とても困った顔をされています」
ミオは、暫くジョシュアのサイティの袖を掴んでいたが、勇気を出してジョシュアの背中に回した。
「王族の方は、俺みたいに灼熱の太陽の下で肉体労働をしなくてよくて、なんと幸せな人たちなんだろうと思っていました。でも、どんな人間だって苦しいのですね」
狂王と呼ばれる阿刺伯国の王と、冷徹の魔女を呼ばれる英国女王との間に一夜の過ちで生まれてしまったジョシュアは、どれほどの苦しみを抱えて生きてきたことだろう。想像しただけで胸が苦しくなる。
「ミオさん。こんなときこそ、逃げてはいけないね」
そろそろと、ジョシュアが抱きしめ返してきた。
「この人を病院に送れとアシュラフに兄の力を持って進言する」
ミオはジョシュアの胸の中で頷く。
「でも、片時も見張りをつけ一生病院から出さない。それが、僕に出来る精いっぱいだ」
ミオが浅い眠りに落ちると、ふっと身体にかかっていたジョシュアの腕の重みがなくなった。
「ジョシュア。間もなく立つんだってな。結局、英国女王にどう報告する気なんだ?」
アシュラフの声だ。ミオの瞼がひくひくと動くが、よほど疲れているのか眠りから覚め切らない。
「マデリーンは?もうケンカしたのかい?」
「まさか。サミイと話を弾ませている。それより、どうなんだ?」
「グレートマザーには、ありのままに報告するよ」
「喰えないヤツだ。あんなに感動的に俺たち三人が結びついたってのに。あんたはやっぱり心の底では、この国を許せてないんだろう」
ミオの瞼が、ようやく開いた。寝台の傍に立つアシュラフが、ジョシュアに首から下げていたネックレスを渡していた。鍵の付いているものだ。
「これが、俺の手持ちの最後の札だ。案内する」
アシュラフが部屋の扉に向かって歩き出す。ジョシュアがミオを起こさないようそっと身体を起こしたので、自分には知られたくないのだとミオは悟った。
だが、アシュラフの後に続くジョシュアの後ろ姿があまりにも元気がない。
気になって、足を忍ばせついていく。
二人は無言で長い廊下を歩き出し、地下に繋がる階段を降りて行く。食糧庫や、備蓄品を納めておく倉庫など各階で地下の役目は違うようだった。どこまでも地下の階段を下って行くと、やがてかび臭い匂いがし始める。
二人はその廊下を歩き始めた。こっそりと階段から伺うと、両脇は穴倉に鉄の門が付けられている。無人の地下牢のようだ。
王宮の地下にこんなものがあったなんてと思っていると、「ここだ」と言うアシュラフの声が響いた。ガチャガチャと鍵に穴が差し込まれる音がする。ギイッとさび付いた音が響いた。
「アシュラフ。もしかして君は四年間もこんなことを……」
ジョシュアが、戸惑った声を上げていた。
「この男はな、もともと閉鎖的だった阿刺伯国を四年前にさらに閉ざそうとしたんだよ。隣国との食料の取引さえ禁じた。あっという間に民は飢え餓死者が出て、部族間の内紛がいくつも起こった。欧羅巴の連中は、阿刺伯国が荒れるのをほくそえんで見ていた。阿刺伯国が弱れば簡単に黒い水が手に入るからな。だから、俺がこの男を王の座から引きずり下ろした」
「サライエの港に降りた瞬間から、あの頃とは比べものにならないぐらいこの国が変わったことがわかったよ。欧羅巴の文化が流れ込んでいて、物が溢れていて、多くの人が笑っていて、どこも活気に満ちていた。父が寝付いたことにして、君がこの国を変えていったんだね」
「若造だと、部族の長や富豪たちに舐められる。狂王と恐れられていた父の名前を、この四年間存分に使わせてもらった」
足音が近づいてきて、ミオは階段を足を忍ばせ駆け上り、別の階に隠れた。険しい顔をしたアシュラフが通り過ぎて行く。
完全に足音が途絶えてから、恐る恐る階下に向かった。
ジョシュアが一番端の牢の前で、鉄格子を掴んで立っていた。
ミオに気づいて、表情を曇らす。
「す、すみません。ジョシュア様の様子が心配で、後をつけてしまいました」
「こっちまで来て、牢の中を覗いてみる勇気はあるかい?君を間接的に苦しめた男がここにいる」
「あ……と、その」
話の内容からして、ジョシュアとアシュラフの父親、つまり昨日まで民に王と思われていた男が閉じ込められているのは分かっていた。
見たくないのに、勝手に足が進んだ。袖の切れたボロボロのサイティを着た長い髪の男が、手枷と足枷をされて牢の隅にうずくまっていて、目が合うと野犬のような唸り声を上げる。
「アシュラフは、叔父と組んで父を王座から追いやったんだ。そのお蔭で、阿刺伯国は戦火を逃れ豊かになった。王が長期で不在だというのに、誰も表だって騒がないのは、この男が誰一人大切にしてこなかったという証明だろうね」
「そんな冷たいことを、おっしゃらないで下さい。ジョシュア様が王宮中を探し回っているとアシュラフ様は言っていましたよ。お父様が心配だったからではないですか?」
「ないよ。そんなことは絶対にない。サミイを性の道具にし、僕の母を無理やり抱き、アシュラフの母だって酷い扱いを受けて死んでいった。こんな男のこと……」
「でも、とても困った顔をされています」
ミオは、暫くジョシュアのサイティの袖を掴んでいたが、勇気を出してジョシュアの背中に回した。
「王族の方は、俺みたいに灼熱の太陽の下で肉体労働をしなくてよくて、なんと幸せな人たちなんだろうと思っていました。でも、どんな人間だって苦しいのですね」
狂王と呼ばれる阿刺伯国の王と、冷徹の魔女を呼ばれる英国女王との間に一夜の過ちで生まれてしまったジョシュアは、どれほどの苦しみを抱えて生きてきたことだろう。想像しただけで胸が苦しくなる。
「ミオさん。こんなときこそ、逃げてはいけないね」
そろそろと、ジョシュアが抱きしめ返してきた。
「この人を病院に送れとアシュラフに兄の力を持って進言する」
ミオはジョシュアの胸の中で頷く。
「でも、片時も見張りをつけ一生病院から出さない。それが、僕に出来る精いっぱいだ」
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説


国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】水と夢の中の太陽
エウラ
BL
何の前触れもなく異世界の神という存在に異世界転移された、遠藤虹妃。
神が言うには、本来ならこちらの世界で生きるはずが、まれに起こる時空の歪みに巻き込まれて、生まれて間もなく地球に飛ばされたそう。
この世界に戻ったからといって特に使命はなく、神曰く運命を正しただけと。
生まれ持った能力とお詫びの加護を貰って。剣と魔法の世界で目指せスローライフ。
ヤマなしオチなし意味なしで、ほのぼの系を予定。(しかし予定は未定)
長くなりそうなので長編に切り替えます。
今後ややR18な場面が出るかも。どこら辺の描写からアウトなのかちょっと微妙なので、念の為。
読んで下さってありがとうございます。
お気に入り登録嬉しいです。
行き当たりばったり、不定期更新。
一応完結。後日談的なのを何話か投稿予定なのでまだ「連載中」です。
後日譚終わり、完結にしました。
読んで下さってありがとうございます。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる