【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第四章

72:アシュラフ。もしかして君は四年間もこんなことを……

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「夕方には王都を立とう」とジョシュアが言った。昨晩一睡もしていないので、口づけしあったまま眠り落ちる。
 ミオが浅い眠りに落ちると、ふっと身体にかかっていたジョシュアの腕の重みがなくなった。
「ジョシュア。間もなく立つんだってな。結局、英国女王にどう報告する気なんだ?」
 アシュラフの声だ。ミオの瞼がひくひくと動くが、よほど疲れているのか眠りから覚め切らない。
「マデリーンは?もうケンカしたのかい?」
「まさか。サミイと話を弾ませている。それより、どうなんだ?」
「グレートマザーには、ありのままに報告するよ」
「喰えないヤツだ。あんなに感動的に俺たち三人が結びついたってのに。あんたはやっぱり心の底では、この国を許せてないんだろう」
 ミオの瞼が、ようやく開いた。寝台の傍に立つアシュラフが、ジョシュアに首から下げていたネックレスを渡していた。鍵の付いているものだ。
「これが、俺の手持ちの最後の札だ。案内する」
 アシュラフが部屋の扉に向かって歩き出す。ジョシュアがミオを起こさないようそっと身体を起こしたので、自分には知られたくないのだとミオは悟った。
 だが、アシュラフの後に続くジョシュアの後ろ姿があまりにも元気がない。
 気になって、足を忍ばせついていく。
 二人は無言で長い廊下を歩き出し、地下に繋がる階段を降りて行く。食糧庫や、備蓄品を納めておく倉庫など各階で地下の役目は違うようだった。どこまでも地下の階段を下って行くと、やがてかび臭い匂いがし始める。
 二人はその廊下を歩き始めた。こっそりと階段から伺うと、両脇は穴倉に鉄の門が付けられている。無人の地下牢のようだ。
 王宮の地下にこんなものがあったなんてと思っていると、「ここだ」と言うアシュラフの声が響いた。ガチャガチャと鍵に穴が差し込まれる音がする。ギイッとさび付いた音が響いた。
「アシュラフ。もしかして君は四年間もこんなことを……」
 ジョシュアが、戸惑った声を上げていた。
「この男はな、もともと閉鎖的だった阿刺伯国を四年前にさらに閉ざそうとしたんだよ。隣国との食料の取引さえ禁じた。あっという間に民は飢え餓死者が出て、部族間の内紛がいくつも起こった。欧羅巴の連中は、阿刺伯国が荒れるのをほくそえんで見ていた。阿刺伯国が弱れば簡単に黒い水が手に入るからな。だから、俺がこの男を王の座から引きずり下ろした」
「サライエの港に降りた瞬間から、あの頃とは比べものにならないぐらいこの国が変わったことがわかったよ。欧羅巴の文化が流れ込んでいて、物が溢れていて、多くの人が笑っていて、どこも活気に満ちていた。父が寝付いたことにして、君がこの国を変えていったんだね」
「若造だと、部族の長や富豪たちに舐められる。狂王と恐れられていた父の名前を、この四年間存分に使わせてもらった」
 足音が近づいてきて、ミオは階段を足を忍ばせ駆け上り、別の階に隠れた。険しい顔をしたアシュラフが通り過ぎて行く。
 完全に足音が途絶えてから、恐る恐る階下に向かった。
 ジョシュアが一番端の牢の前で、鉄格子を掴んで立っていた。
 ミオに気づいて、表情を曇らす。
「す、すみません。ジョシュア様の様子が心配で、後をつけてしまいました」
「こっちまで来て、牢の中を覗いてみる勇気はあるかい?君を間接的に苦しめた男がここにいる」
「あ……と、その」
 話の内容からして、ジョシュアとアシュラフの父親、つまり昨日まで民に王と思われていた男が閉じ込められているのは分かっていた。
 見たくないのに、勝手に足が進んだ。袖の切れたボロボロのサイティを着た長い髪の男が、手枷と足枷をされて牢の隅にうずくまっていて、目が合うと野犬のような唸り声を上げる。
「アシュラフは、叔父と組んで父を王座から追いやったんだ。そのお蔭で、阿刺伯国は戦火を逃れ豊かになった。王が長期で不在だというのに、誰も表だって騒がないのは、この男が誰一人大切にしてこなかったという証明だろうね」
「そんな冷たいことを、おっしゃらないで下さい。ジョシュア様が王宮中を探し回っているとアシュラフ様は言っていましたよ。お父様が心配だったからではないですか?」
「ないよ。そんなことは絶対にない。サミイを性の道具にし、僕の母を無理やり抱き、アシュラフの母だって酷い扱いを受けて死んでいった。こんな男のこと……」
「でも、とても困った顔をされています」
 ミオは、暫くジョシュアのサイティの袖を掴んでいたが、勇気を出してジョシュアの背中に回した。
「王族の方は、俺みたいに灼熱の太陽の下で肉体労働をしなくてよくて、なんと幸せな人たちなんだろうと思っていました。でも、どんな人間だって苦しいのですね」
 狂王と呼ばれる阿刺伯国の王と、冷徹の魔女を呼ばれる英国女王との間に一夜の過ちで生まれてしまったジョシュアは、どれほどの苦しみを抱えて生きてきたことだろう。想像しただけで胸が苦しくなる。
「ミオさん。こんなときこそ、逃げてはいけないね」
 そろそろと、ジョシュアが抱きしめ返してきた。
「この人を病院に送れとアシュラフに兄の力を持って進言する」
 ミオはジョシュアの胸の中で頷く。
「でも、片時も見張りをつけ一生病院から出さない。それが、僕に出来る精いっぱいだ」
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