【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第四章

67:ミオ様。私は今夜中に王宮を立ちますので

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 アシュラフとマデリーンの結婚式は夕方から始まった。
 千人は収容できる王宮の大広間には、真ん中に赤く長い絨毯が引かれ、両脇に招待客たちがたつ。皆、民族衣装や礼服を着て華やかだ。
 ミオは王宮から阿刺伯国の正装衣装を借りて身に着け、英国式の正装をしたジョシュアとともに大広間の隅で結婚式の様子を見ていた。
 阿刺伯国の民族衣装をまとったアシュラフと白いドレスを着てベールを深くかぶったマデリーンがミオたちの前を通り過ぎて行く。大広間の隅に泣きそうな顔で控えているサミイが見えた。アシュラフもマデリーンも、そしてミオたちも誰も笑っていない結婚式だった。
 会食の時間となった。長いテーブルに料理が並ぶ。食事はマデリーンに敬意を表してか欧羅巴式だった。一番最初にテーブルに髭を蓄えた壮年の男が座った。なんとなくアシュラフやジョシュアに似ている気がすると思いミオは尋ねた。
「あの方が、お二人のお父上ですか?」
「いいや。彼は僕らの叔父だ。父が四年も寝付いているということは彼が影で政務をしてくれてたのかもしれない」
「父の姿はここにもないね」と辺りを見回すジョシュアの顔は沈んでいる。
 次にアシュラフとマデリーンが座り、招待客も着席となった。アシュラフとマデリーンに食事を運んできたサミイに、アシュラフが何か伝えている。口の動きを見ていると、『今までご苦労だったな』と言っているようだった。踵を返したサミイが、他の給仕にぶつかりかける。
「ジョシュア様。俺は、ここで失礼します。サミイ様の傍におります」
 席から腰を浮かせかけたジョシュアに、ミオは後ろから囁く。
 走ってサミイを追いかけた。このところずっと涼しい屋内で過ごしてきたはずなのに、少し駆けただけで息が切れた。
「サミイ様。お部屋に戻るならご一緒させてください」
 足を止めたサミイは、目に涙をためていた。うまく喋れないのだろう。何も答えず、また速足で歩き出す。
「大丈夫ですか?アシュラフ様に何か言われてお辛いのでは?」
 サミイは細い背中を震わせながら、首を振った。
「ミオ様。私は今夜中に王宮を立ちますので」
「どこに行くっていうんですか?」
 ミオは、ブレスレットを外しながら言った。
「お返しします。これは、サミイ様に腕に光っていてこそ美しいものだから」
「そんな。アシュラフ様がミオ様に差し上げたのですからどうぞ、このままミオ様が」
「いいえ。元々はサミイ様のものです。それに、アシュラフ様がこのブレスレットを本気で俺にくれたわけじゃないことぐらいわかっています」
 手に押し付けると、サミイは力なくそれを掴んだ。
 二人は、言葉少なに歩き出す。サミイの手の中に掴まれたブレスレットを見た。
 ミオもサミイも高価な宝石が幾つもついたブレスレットを、自分は貰えないと押し付け合って悲しんでいる。アシュラフが言ったとおり、贅沢な不幸に溺れている。
 ジョシュアの昔の相手と並んで歩いていて、不思議な気分になった。
 サミイは、ジョシュアの心に深い傷を負わせた人物だ。そして今後、ミオの愛しい人を独占する存在になりうるかもしれない。なのに、憎めなかった。
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