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第四章

65:君に、そんなこと言わせたいわけじゃないんだ

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 苦しいほど抱きしめられ、ミオはもう喋れなくなった。
「ごめん。君に、そんなこと言わせたいわけじゃないんだ」
 ミオは手を伸ばし、ジョシュアの目じりの涙を拭う。
「ジョシュア様。帰りましょう。アシュラフ様が、目を覚ましたら大変です。それにサミイ様も待っているのでは?」
 自分から促したのに、ふっと腕の力を緩められて泣き出したくなった。
 ラクダに乗ってもと来た道を帰る。ミオの戻る離宮の塔が、真正面に見える。しかし、ジョシュアはいきなりラクダの進路を左に取った。こっちは王宮に向かう方向だ。
「ジョシュア様、道が……」
「やっぱり、アシュラフの元にミオさんを返せないっ。僕の部屋に連れて行く」
 ラクダが全速力で王都の道を駆け始め、ミオの身体が背の上で弾んだ。別れを覚悟したばかりだというのに、信じられない展開だ。
 嬉しさと不安で詰まる喉が擦れ声を出す。
「……サミイ様もいらっしゃるのでは?」
「いる。けれど、ミオさんとこのまま離れることは、絶対にできない。今はまだ、よい策が浮かばない。けれど、きっとなんとかする。みんなが幸せになれるよう、なんとか」
 ラクダを操るジョシュアの胸に縋り付くと、彼の心臓は激しい音を立てていた。きっと決断が鼓動を速めたのだ。
 王宮にたどり着く。ジョシュアが与えられているのは大きな客間だった。ソファーや椅子があり、部屋の奥に大きな寝台がある。
「ミオさん。いつまでもブランケットだと大変だろうから、僕の夜着を」
 トランクを積んだ部屋から、ジョシュアが持ってきた。羽織ると涼し気な花の香りがする。ジョシュアの匂いだと思った。ミオは、ジョシュアにロマンス小説を返そうと荷物部屋に向かった。
「ジョシュア様。これお返しします」
「もしかして、中身を見てしまった?」
「あの……。……少し」
「か、借りものなんだよ、これ」
「へ、へえ。そうだったんですか」
 会話がぎこちなくなり、ミオは話をそらした。
「それにしても凄い荷物ですね。『白の人』のパレード中に増えたのですか?」
「いや、半分はサミイのものだ。王宮勤めは明日で終わりと一方的にアシュラフに言われたようでね」
「本当に、アシュラフ様はサミイ様を手放すおつもりなのですね」
 部屋に連れてきてもらっても、何の問題も解決していないのだとミオは改めて思った。   
 ジョシュアは、サミイを探して部屋のドアを次々と開けていく。
「サミイ。サミイ。どこだい?」
「いらっしゃらないのですか?」
「どうしよう。思い余って……」
 ジョシュアの顔色が、だんだんと青ざめていく。
「他の部屋も、探してみましょう」とミオは声をかけた。広い王宮を明日の準備のためにまだ起きていた召使いたちに頼んで探してもらう。だが、いくら名前を呼んでもサミイは一向に表れなかった。
 ジョシュアは、ミオを連れて王宮の端を流れる川までやってきた。
「いない。ここでもない」
「ジョシュア様。俺のいた離宮はどうでしょう?アシュラフ様は滅多に使わないところで、サミイ様も知らない隠れ家だとおっしゃってました。けれど、サミイ様のことです。本当は知っているんじゃ」
「行ってみよう」
 再びラクダに乗って、ミオたちは離宮に駆け付けた。塔の階段を登っていくと、細い声が漏れてくる。ミオとジョシュアは顔を見合わせた。
 低い男の声もした。アシュラフの声だ。こちらの声は、いつもと違って随分甘い。
 階段を登りきり、廊下を進む。ミオがいた部屋は大きくドアが開け放たれていた。
 中を覗き込んで息を飲む。
 寝転んだアシュラフに、裸のサミイが跨っていた。背中を弓なりに反らし、アシュラフが上下に腰を揺するたびに「あ……あぁ……っ」と吐息を漏らす。
 ミオに一歩遅れてやってきたジョシュアは、部屋の様子を一目見て、廊下の壁に背中を付けてしゃがみ込んだ。
 他人の行為を見るべきではないと分かっているが、ミオはあまりにも美しいサミイの姿に目が離せなかった。
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