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第四章
57:俺の大切なものをやる
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「テーベ附近のオアシスで、君が放った王宮の兵士たちに随分丁寧な歓迎を受けたよ」
アシュラフは、顎を突き出して言う。
「人んちの庭を、勝手に掘り返したんだから当然だ」
「言い伝え通り、黒い水が地下に眠っているようだね。僕の予想をはるかに上回る量だ」
「そんなことより、ジョシュアよ」
とアシュラフが眉を吊り上げた。
「弟への結婚祝いは何だ?阿刺伯国の湾に、英国女王ご自慢の戦艦を並べて何万発もの砲弾を祝砲代わりに休みなく打ち込んで、火の海にしてくれるとか?」
まるで、英国が阿刺伯国に戰を仕掛けてくるような言い草に、ミオは耳を疑った。
「戰になるのですか?」
サライエの港に打ち上げられた海水を吸って膨らんだ遺体が脳裏に浮かぶ。戦火を逃れて隣国から阿刺伯国に危険を冒してまで海を渡ってやってくる密航者たち。波は荒く、船は簡素。それでも、戰がある国にいるよりも死と隣り合わせの旅に出ることを選んだ。
「ならねえよ」と、吐き捨てるようにアシュラフが言った。
「ジョシュアが英国女王に、阿刺伯国に反抗の兆しなしと報告してくれるならな」
今まで見たこともない冷え冷えとした表情で、ジョシュアが弟に向かって言った。
「グレートマザーは、阿刺伯国が英国を介さずに西班牙と手を組んだことに静かにお怒りだ」
兄とよく似た冷たい顔でアシュラフが答える。
「欧羅巴集団の頂点に立っている英国の牙城がくずれたんだからそうだろう。西班牙は葡萄牙(ポルトガル)との結びつきが強いから、実質二国が英国の配下から離れることになる。でも俺は、英国女王が心配するようなことを企んでいるわけじゃない。単に第一王女を妻にしたいと、西班牙王室に熱心に手紙を書いて承諾を貰っただけだ」
「黒い水が地下にたくさん眠っている阿刺伯国にぜひ来てくださいと?」
するとアシュラフが、「俺は、もう少し情熱的な書き方をしたが」と言い返す。
「英国女王の神経を逆なでたことは謝る。もちろん、あんたにもな。サミイを自分だけのものにしたくて堪らなかった俺は、兄であっても王位のないあんたに十年前、王宮を出て行けと命令した。けど、サミイをあんたに返してやるよ。俺の結婚式が終わったら、どこにでも連れて行け。けどな、俺の大切なものをやるんだから、英国女王には阿刺伯国は子猫のように大人しい国だと報告しておけよ」
「アシュラフ。サミイは君といることを選んだはずだ」
ジョシュアは声を荒げ、サミイは嗚咽を漏らさないように口元を覆う。
「十年前はな」
アシュラフは、ツカツカとサミイの傍に寄って行き、薄い背中を力任せに押すと、ジョシュアの目の前に突き出した。
そして、ミオのところに戻ってきて、手首を力まかせに掴んだ。
「代わりに、こいつは俺が面倒みてやる。阿刺伯国での滞在期間が終わったら、英国に一緒に行こうと申し込みもしない、あっさりとした関係なんだろう?現地恋人にでもするつもりだったのか?」
「やめろ。アシュラフ」
ミオの腕を掴んで強引に歩き始めたアシュラフは、ジョシュアとサミイの前で止まった。
「おい。サミイ。俺がやったブレスレットを外せ。こいつにくれてやることにした」
「アシュラフッ!!お前は、僕がいなくなってからずっとサミイと一緒にいたんだろう?どうして、急に悲しませることするんだ?」
「決まってる。あんたに恩を着せるためだ」
音もなく涙を流し、サミイがブレスレットを外した。アシュラフはそれを奪い取ると、ミオの手の腕に無理やり嵌めた。
アシュラフは、ミオの手首を掴んだ手とは逆の手でサミイの手首を掴むと、手のひらの方をジョシュアに向けさせる。
浅黒い肌に真一文字の線が走って、肉を薄く盛り上げていた。
「ジョシュア。覚えているか?この傷を。サミイはこういう神経の持ち主だ。ミオとサミイ、二人同時に可愛がってやるという案は、最初からないからな」
アシュラフはミオを引きずって歩き出した。
ジョシュアは、ミオもサミイも見ておらず、黙って床を眺めている。
「ジョ……ジョシュア様」
蚊の鳴くようなミオの声が、静まり返った部屋に響いた。
アシュラフは、顎を突き出して言う。
「人んちの庭を、勝手に掘り返したんだから当然だ」
「言い伝え通り、黒い水が地下に眠っているようだね。僕の予想をはるかに上回る量だ」
「そんなことより、ジョシュアよ」
とアシュラフが眉を吊り上げた。
「弟への結婚祝いは何だ?阿刺伯国の湾に、英国女王ご自慢の戦艦を並べて何万発もの砲弾を祝砲代わりに休みなく打ち込んで、火の海にしてくれるとか?」
まるで、英国が阿刺伯国に戰を仕掛けてくるような言い草に、ミオは耳を疑った。
「戰になるのですか?」
サライエの港に打ち上げられた海水を吸って膨らんだ遺体が脳裏に浮かぶ。戦火を逃れて隣国から阿刺伯国に危険を冒してまで海を渡ってやってくる密航者たち。波は荒く、船は簡素。それでも、戰がある国にいるよりも死と隣り合わせの旅に出ることを選んだ。
「ならねえよ」と、吐き捨てるようにアシュラフが言った。
「ジョシュアが英国女王に、阿刺伯国に反抗の兆しなしと報告してくれるならな」
今まで見たこともない冷え冷えとした表情で、ジョシュアが弟に向かって言った。
「グレートマザーは、阿刺伯国が英国を介さずに西班牙と手を組んだことに静かにお怒りだ」
兄とよく似た冷たい顔でアシュラフが答える。
「欧羅巴集団の頂点に立っている英国の牙城がくずれたんだからそうだろう。西班牙は葡萄牙(ポルトガル)との結びつきが強いから、実質二国が英国の配下から離れることになる。でも俺は、英国女王が心配するようなことを企んでいるわけじゃない。単に第一王女を妻にしたいと、西班牙王室に熱心に手紙を書いて承諾を貰っただけだ」
「黒い水が地下にたくさん眠っている阿刺伯国にぜひ来てくださいと?」
するとアシュラフが、「俺は、もう少し情熱的な書き方をしたが」と言い返す。
「英国女王の神経を逆なでたことは謝る。もちろん、あんたにもな。サミイを自分だけのものにしたくて堪らなかった俺は、兄であっても王位のないあんたに十年前、王宮を出て行けと命令した。けど、サミイをあんたに返してやるよ。俺の結婚式が終わったら、どこにでも連れて行け。けどな、俺の大切なものをやるんだから、英国女王には阿刺伯国は子猫のように大人しい国だと報告しておけよ」
「アシュラフ。サミイは君といることを選んだはずだ」
ジョシュアは声を荒げ、サミイは嗚咽を漏らさないように口元を覆う。
「十年前はな」
アシュラフは、ツカツカとサミイの傍に寄って行き、薄い背中を力任せに押すと、ジョシュアの目の前に突き出した。
そして、ミオのところに戻ってきて、手首を力まかせに掴んだ。
「代わりに、こいつは俺が面倒みてやる。阿刺伯国での滞在期間が終わったら、英国に一緒に行こうと申し込みもしない、あっさりとした関係なんだろう?現地恋人にでもするつもりだったのか?」
「やめろ。アシュラフ」
ミオの腕を掴んで強引に歩き始めたアシュラフは、ジョシュアとサミイの前で止まった。
「おい。サミイ。俺がやったブレスレットを外せ。こいつにくれてやることにした」
「アシュラフッ!!お前は、僕がいなくなってからずっとサミイと一緒にいたんだろう?どうして、急に悲しませることするんだ?」
「決まってる。あんたに恩を着せるためだ」
音もなく涙を流し、サミイがブレスレットを外した。アシュラフはそれを奪い取ると、ミオの手の腕に無理やり嵌めた。
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「ジョシュア。覚えているか?この傷を。サミイはこういう神経の持ち主だ。ミオとサミイ、二人同時に可愛がってやるという案は、最初からないからな」
アシュラフはミオを引きずって歩き出した。
ジョシュアは、ミオもサミイも見ておらず、黙って床を眺めている。
「ジョ……ジョシュア様」
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