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第三章

48:意識が……飛ぶ

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「話には聞いていたが、これほど巨大だとは」
 ミオは口を覆っていた布を剥いで、見えてきた都市を見つめた。一旦ターバンを取って砂だらけの髪をほろう。どれほどきつく絞めても細かい砂が入り込んでしまうのだ。口の中もシャリシャリした。
 どの街の手前にも必ずある水飲み場で、十字星号に水を飲ませる。ミオも顔を洗った。
 朝の太陽を少し浴びることになるだろうと覚悟していたが、夜が完全に明けきる前にテンガロに着いてしまった。
「お前の足は、たいしたものだね」
 ミオは、十字星号を褒めながら、手綱を引いて街の中に入って行った。市場で朝ごはんを仕入れ、ついでに情報も集める。
「『白の人』の一行が、この街を通ったって聞いたんですが」
「あんたは行商のお兄さん?砂で目をやられたのかい。可哀想に。それにしても、阿刺伯国の言葉が上手だね」
 市場の人間は、十字星号の鞍に積んだたくさんの荷物を見て言う。上等なサイティを着て奴隷印を隠したミオのことを、完全に欧羅巴の商人と思っているようだ。
「けど、商人にしては情報が遅いねえ。きっと、新人さんだろう?『白の人』一行は一昨日、この街を立ってしまったよ。もう、イリアの街に着いているだろうね」
 ミオは、懐から地図を取りだした。指で追う。イリアの街はオアシス都市テンガロから小さなオアシスを挟んだ先にある。今、出発すれば昼には小さなオアシスに。少し休憩してまた走り出せばイリアの街に夜に入れる。
 しかし、屈強な男でも日中に砂漠を越えるのはきついと嘆く。身体が弱りつつあるミオなど、数日起き上がれなくなるに違いない。
 怖気づく自分を叱咤するように、ぶんぶんと首を振る。
「ジョシュア様が密偵でないと、王宮の兵士たちに伝えなければ」
 たとえ、ジョシュアが密偵であったしても、自分が黒い水の言い伝えを教えそそのかしたのだと言おう。ジョシュアの疑いが晴れるなら、自分の命など無くなってかまわない。
 ミオは、また小袋から滋養剤を取り出した。
「今回、あまり時間を空けていないな」
 ミオは、滋養剤の粒を見て呟く。
 でも、真昼の砂漠を超えると決意したのだから、迷いはなかった。口に含んで、十字星号の手綱を引き、街中を走り始めた。
 そして、反対側の出口に出て背中に飛び乗った。
「着いたばかりなのに苦労かけるね。次のオアシスまで頼むよ。なあに、すぐそこだ。お前の足なら一瞬だよ」
 太陽の昇り始めた砂漠を駆けだして、ミオはすぐ後悔した。港町サライエは日差しはきついが、海の近くなので僅かながら風が吹く。しかし、灼熱の砂漠は無風だ。じりじりと身体を焼かれ息をするのも辛い。水を積んだ革袋を開けて水分を取ろうとしても、中身は熱湯に変わっている。
 さすがに、十字星号の足も遅くなってきた。
「意識が……飛ぶ」
 ミオは十字星号の背中に突っ伏した。身体中から水分が蒸発し痺れを覚える。
「向こうへ。とにかく前へ」
 命令を飛ばし、なんとか十字星号を駆けさせる。
 意識が一旦途切れ再び目を開けると、緑が溢れていた。空気がひんやりしている。
「……オアシス」
 十字星号が、水の匂いを嗅ぎつけてたどり着いたようだ。奇跡のような芸当に、ミオは十字星号の首にすがりついた。
 「座れ」と命令して膝を折らせる。
 転げるようにして背から降り、這ってオアシスへと向かった。
 冷たい水に浸かると、熱せられた肌がじゅっと音を立てたような気がした。
 浅瀬に仰向けになって、ミオは浸かり続けた。飲み過ぎた滋養剤のせいなのか、胸の鼓動がおかしい。
 半刻ほど浸かり続けていると、身体が痺れるほど冷たくなってきた。熱さにやられ、ぼうっとしていた頭ははっきりとしてくる。
 十字星号は、荷物を背に積んだままオアシスの水を飲んでいた。
 ミオは、なんとか湖面から起き上がり、軽くサイティを絞った。そして、十字星号の背に積んだ旅の荷物から、テーベの街で仕入れた果物を取り出しオアシスに放り投げ冷やす。
 食欲はなかったが、無理やり干し肉を食べ、パンを飲み込むようにして胃に入れた。
 十字星号に口を開けさせ果物を二、三個与えた。ミオも湖面に浮いている果物をすくって口に運ぶ。
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