30 / 92
第二章
30:こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
しおりを挟む
「でも、俺が最下層の奴隷でおまけに『白』であることは変わりません」
「だったら、止めてしまえばいいのに。君が望むなら何者にだってなれるよ」
「そんなのありえません。奴隷は一生奴隷のまま。『白』は一生『白』のままですっ!!」
余りにもさらっと言われ、言い返す口調が思わずきつくなる。
「それは、君が阿刺伯国しか知らないから」
「しょうがないじゃないですか。異国のことなど、知りようがありません。俺、奴隷ですから」
「それ、ミオさんの口癖だね」
「え?」
「俺、奴隷ですからという言葉。毎日、十本の指を折っても足りない程、言っているよ」
ミオはシュンとした。
全然、気が付かなかった。
「ご不快な思いを」
「そんなに落ち込まないでくれ。気を付けた方がいいと言ったまでだ。あんまり自分を悲しくさせる言葉は使わない方がいい」
親身な注意は初めてだった。
何か教えを受けるとき、怒鳴られるのがミオには当たり前だったから。
「じゃあ、行こうか」
ジョシュアはミオの手を引いて、再び大通りに足を向けた。
ミオは、怖がって踏ん張った。
「さっき、約束したよね?僕が必ず守るって。さあ、行こう」
奴隷と約束しようなんて人間がいるとは思えない。
言葉に出せば、「僕を信じられない?」とジョシュアはきっと言う。
言い任されてしまうのが目に見えているから、「嫌です」とただ訴える。しかし、ジョシュアは、ミオを説得するのは無駄だとばかりに、目についた食事処にずんずんと入っていく。
「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」
最初、ジョシュアの背中に隠れていたミオだったが、「坊ちゃん」などと言われ、丁寧な店の人間の態度に仰天した。
「弟は、砂漠の砂で目をやられていてね。目を洗わせてやって欲しいんだ」
「まあ、可哀想に。水の入った桶をお持ちしますね。この通りには欧羅巴人が営む病院も小さいんですがありますよ。ひどくなるようでしたらそちらに」
疑われる前に、それらしく振る舞うとはジョシュアは、なかなかの策士だった。店の人間がいなくなった途端、「ね?」と片目を瞑る。
食事が終わる頃になると、太陽が照り始めた。食事を終えた人たちは、宿に戻るかのんびり店の軒先で飲み物を飲んだり、土産物を選んだりしている。早朝は、テーベの街にやってくる旅人と、出て行く旅人でごった返していたが、日中は、無理な旅をする旅人以外は太陽光線を避ける生活をするので、半分以下の静けさだ。
街が再び活気を取り戻すのは夜になってからだ。
ぶらぶらと街を散策し始めたジョシュアに、ミオは付き合う。店から店を移動するときはどうしても太陽の光を浴びてしまい、砂の落ちる時計のように、徐々に疲労感が身体に溜まっていく。
昨晩、眠る前に滋養剤をきちんと飲んでおけばよかったと後悔した。忘れるなんて、自分は少し浮かれている。
水たばこの店は、まだ昼前なのに混み合っていた。この手の店は水たばこが吸えるだけではなく、カードゲームなどの賭け事もできる。また、長期の旅人の貴重な情報交換の場だ。
「ちょっと休んで行こう」
ジョシュアが、店の中に入っていく。
「『白』が店の中に入ってきた」と言われやしないかと、ミオは気が気ではなかった。怯えながらジョシュアのあとをついて行くが、ここでも「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」と歓迎を受け、菓子まで振る舞われた。
ジョシュアが頼んだ上等な水たばこを勧められ吸わせてもらう。吸い込み過ぎて盛大にむせて笑われた。
全てが夢のようだった。
こんな店に入ることができて贅沢をさせてもらっているのも、宿でのドロップの甘い罰も。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
嬉しいはずなのに、泣きたくなる。
「だったら、止めてしまえばいいのに。君が望むなら何者にだってなれるよ」
「そんなのありえません。奴隷は一生奴隷のまま。『白』は一生『白』のままですっ!!」
余りにもさらっと言われ、言い返す口調が思わずきつくなる。
「それは、君が阿刺伯国しか知らないから」
「しょうがないじゃないですか。異国のことなど、知りようがありません。俺、奴隷ですから」
「それ、ミオさんの口癖だね」
「え?」
「俺、奴隷ですからという言葉。毎日、十本の指を折っても足りない程、言っているよ」
ミオはシュンとした。
全然、気が付かなかった。
「ご不快な思いを」
「そんなに落ち込まないでくれ。気を付けた方がいいと言ったまでだ。あんまり自分を悲しくさせる言葉は使わない方がいい」
親身な注意は初めてだった。
何か教えを受けるとき、怒鳴られるのがミオには当たり前だったから。
「じゃあ、行こうか」
ジョシュアはミオの手を引いて、再び大通りに足を向けた。
ミオは、怖がって踏ん張った。
「さっき、約束したよね?僕が必ず守るって。さあ、行こう」
奴隷と約束しようなんて人間がいるとは思えない。
言葉に出せば、「僕を信じられない?」とジョシュアはきっと言う。
言い任されてしまうのが目に見えているから、「嫌です」とただ訴える。しかし、ジョシュアは、ミオを説得するのは無駄だとばかりに、目についた食事処にずんずんと入っていく。
「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」
最初、ジョシュアの背中に隠れていたミオだったが、「坊ちゃん」などと言われ、丁寧な店の人間の態度に仰天した。
「弟は、砂漠の砂で目をやられていてね。目を洗わせてやって欲しいんだ」
「まあ、可哀想に。水の入った桶をお持ちしますね。この通りには欧羅巴人が営む病院も小さいんですがありますよ。ひどくなるようでしたらそちらに」
疑われる前に、それらしく振る舞うとはジョシュアは、なかなかの策士だった。店の人間がいなくなった途端、「ね?」と片目を瞑る。
食事が終わる頃になると、太陽が照り始めた。食事を終えた人たちは、宿に戻るかのんびり店の軒先で飲み物を飲んだり、土産物を選んだりしている。早朝は、テーベの街にやってくる旅人と、出て行く旅人でごった返していたが、日中は、無理な旅をする旅人以外は太陽光線を避ける生活をするので、半分以下の静けさだ。
街が再び活気を取り戻すのは夜になってからだ。
ぶらぶらと街を散策し始めたジョシュアに、ミオは付き合う。店から店を移動するときはどうしても太陽の光を浴びてしまい、砂の落ちる時計のように、徐々に疲労感が身体に溜まっていく。
昨晩、眠る前に滋養剤をきちんと飲んでおけばよかったと後悔した。忘れるなんて、自分は少し浮かれている。
水たばこの店は、まだ昼前なのに混み合っていた。この手の店は水たばこが吸えるだけではなく、カードゲームなどの賭け事もできる。また、長期の旅人の貴重な情報交換の場だ。
「ちょっと休んで行こう」
ジョシュアが、店の中に入っていく。
「『白』が店の中に入ってきた」と言われやしないかと、ミオは気が気ではなかった。怯えながらジョシュアのあとをついて行くが、ここでも「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」と歓迎を受け、菓子まで振る舞われた。
ジョシュアが頼んだ上等な水たばこを勧められ吸わせてもらう。吸い込み過ぎて盛大にむせて笑われた。
全てが夢のようだった。
こんな店に入ることができて贅沢をさせてもらっているのも、宿でのドロップの甘い罰も。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
嬉しいはずなのに、泣きたくなる。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる