【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第二章

30:こんな時間がいつまでも続けばいいのに。

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「でも、俺が最下層の奴隷でおまけに『白』であることは変わりません」
「だったら、止めてしまえばいいのに。君が望むなら何者にだってなれるよ」
「そんなのありえません。奴隷は一生奴隷のまま。『白』は一生『白』のままですっ!!」
 余りにもさらっと言われ、言い返す口調が思わずきつくなる。
「それは、君が阿刺伯国しか知らないから」
「しょうがないじゃないですか。異国のことなど、知りようがありません。俺、奴隷ですから」
「それ、ミオさんの口癖だね」
「え?」
「俺、奴隷ですからという言葉。毎日、十本の指を折っても足りない程、言っているよ」
 ミオはシュンとした。
 全然、気が付かなかった。
「ご不快な思いを」  
「そんなに落ち込まないでくれ。気を付けた方がいいと言ったまでだ。あんまり自分を悲しくさせる言葉は使わない方がいい」
 親身な注意は初めてだった。
 何か教えを受けるとき、怒鳴られるのがミオには当たり前だったから。
「じゃあ、行こうか」
 ジョシュアはミオの手を引いて、再び大通りに足を向けた。
 ミオは、怖がって踏ん張った。
「さっき、約束したよね?僕が必ず守るって。さあ、行こう」
 奴隷と約束しようなんて人間がいるとは思えない。
 言葉に出せば、「僕を信じられない?」とジョシュアはきっと言う。
 言い任されてしまうのが目に見えているから、「嫌です」とただ訴える。しかし、ジョシュアは、ミオを説得するのは無駄だとばかりに、目についた食事処にずんずんと入っていく。
「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」
 最初、ジョシュアの背中に隠れていたミオだったが、「坊ちゃん」などと言われ、丁寧な店の人間の態度に仰天した。
「弟は、砂漠の砂で目をやられていてね。目を洗わせてやって欲しいんだ」
「まあ、可哀想に。水の入った桶をお持ちしますね。この通りには欧羅巴人が営む病院も小さいんですがありますよ。ひどくなるようでしたらそちらに」
 疑われる前に、それらしく振る舞うとはジョシュアは、なかなかの策士だった。店の人間がいなくなった途端、「ね?」と片目を瞑る。
 食事が終わる頃になると、太陽が照り始めた。食事を終えた人たちは、宿に戻るかのんびり店の軒先で飲み物を飲んだり、土産物を選んだりしている。早朝は、テーベの街にやってくる旅人と、出て行く旅人でごった返していたが、日中は、無理な旅をする旅人以外は太陽光線を避ける生活をするので、半分以下の静けさだ。
 街が再び活気を取り戻すのは夜になってからだ。
 ぶらぶらと街を散策し始めたジョシュアに、ミオは付き合う。店から店を移動するときはどうしても太陽の光を浴びてしまい、砂の落ちる時計のように、徐々に疲労感が身体に溜まっていく。
 昨晩、眠る前に滋養剤をきちんと飲んでおけばよかったと後悔した。忘れるなんて、自分は少し浮かれている。
 水たばこの店は、まだ昼前なのに混み合っていた。この手の店は水たばこが吸えるだけではなく、カードゲームなどの賭け事もできる。また、長期の旅人の貴重な情報交換の場だ。
「ちょっと休んで行こう」
 ジョシュアが、店の中に入っていく。
「『白』が店の中に入ってきた」と言われやしないかと、ミオは気が気ではなかった。怯えながらジョシュアのあとをついて行くが、ここでも「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」と歓迎を受け、菓子まで振る舞われた。
 ジョシュアが頼んだ上等な水たばこを勧められ吸わせてもらう。吸い込み過ぎて盛大にむせて笑われた。
 全てが夢のようだった。
 こんな店に入ることができて贅沢をさせてもらっているのも、宿でのドロップの甘い罰も。
 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
 嬉しいはずなのに、泣きたくなる。
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