【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第二章

21:君は逃げずにえらいね

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「はい??」
 生まれてこの方、聞いたことのない褒め言葉だった。
 嬉しいのだが、落ち着かない気分になる。
 遅い朝食を終えた後は、天幕の中で過ごした。昨日と同じくカードゲームをして楽しい時間を過ごし、太陽が濃いオレンジ色に変わった頃、天幕を畳み次のオアシスに向かった。
 港町サライエから一番近いオアシスはさほど大きくないが、二番目に近いオアシスは広大だ。場所によっては、人間が定住して小さな集落を作っている。
 ミオたちは、砂漠キツネの巣がある場所にやってきた。だが、雨季と乾季で巣穴を移す砂漠キツネの姿はやはり見えない。
「ジョシュア様。やっぱりいませんね。すいません」
 草むらで腹這いになって双眼鏡をのぞいているジョシュアに、ミオは謝った。
「動物を人間の都合に合わせるわけにはいかない。巣穴の場所がわかればいいんだよ」
「そうですか。……あの、そろそろ」
「ん?」
「帰路につきませんと、サライエへの到着が夜中になってしまいます。遅い時間になればなるほど砂漠は冷えますから」
 旅の終わりを告げるのが悲しい。
 普段なら、旅の旦那様を怒らせることなく行程を終わることができたと、ほっとするだけなのに。
 双眼鏡を覗いていたジョシュアは、上半身を起こした。コンパスを片手に地図を広げ、難しい顔をする。
「ミオさんは、地図の見方はわかる?現在地はここなんだけど、雨季のシーズンに砂漠キツネを見たのはどこだったか、覚えているかい?」
 ペンを渡され×印をつけるように言われた。突き出た半島の先端に幾つか×印をつける。
「では、乾季のシーズンは?」
 乾季のシーズンになると、砂漠キツネは半島の内陸部に移動する。思い出せる限り印をつけると、ジョシュアが難しい顔のまま地図を受け取る。
「このオアシスから近いのは、テーベの街?」
「よくご存知ですね。ええ。そこが、阿刺伯国の各都市に向かう中継地点になっているので、いつも賑やかです。「『白の人』一行はそちらで宿泊されるのかもしれないので、今はお祭り状態かもしれません」
「また、『白の人』か。まるで、彼らと旅をしている気分になるね」
 不快そうに、ジョシュアが息を吐き出す。ミオは地面に手をつき、額をこすりつけた。
「申し訳ありません。もう『白の人』の話はいたしませんから」
「いいんだよ。ミオさんがそこまで気を使わなくても。阿刺伯国の民は、彼を欧羅巴から守ってくれる守り神みたいに崇めているけれど、実際の彼には、こっれぽちもそんな気持ちがないのだから、ちょっと嫌な気分になっただけさ」
「え?ジョシュア様は『白の人』とお知り合いなのですか?」
「知り合い?まあ、そんなところかな」
 今度は、ジョシュアは曖昧に笑った。そして、双眼鏡を首から外しケースにしまい始める。
「帰りのお支度をしましょうか?」
 ミオが言うと、ジョシュアは手の中の地図をじっと見つめる。
「ミオさんは、サライエに戻ったらまた別の人を砂漠に案内するの?」
「それが、俺の仕事ですから」
「君は逃げずにえらいね」
 ぽつんとジョシュアが呟く。それから暫く考え続けた後、
「何日になるかわからないけれど、旅を延長してもいいかな?」と言った。
「はい!喜んで」
 ミオの声は弾む。
「じゃあ、今日はこのオアシスに泊まろう。天幕を張ってもらえる?僕は少し調べたいことがあるから、それが終わったら手伝うよ」
 ジョシュアは木箱を小脇に抱えて、砂漠キツネの巣がある場所に行ってしまった。なんだか元気がないのが気になったが、天幕の準備を求められたので付いていくわけにもいかず水辺に戻った。
 荷物の中から、天幕一式を取り出す。ヤギの皮で出来た天幕は、畳めばとても小さくなる。支柱は、はめ込み式で一メートルほどの長さの木を数本つないで作る。
 天幕を作り終えると、夕食の準備に取り掛かった。たき火を起こして、野菜と肉を煮込んだスープを作る。できあがった頃には、外は真っ暗になっていた。
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