21 / 92
第二章
21:君は逃げずにえらいね
しおりを挟む
「はい??」
生まれてこの方、聞いたことのない褒め言葉だった。
嬉しいのだが、落ち着かない気分になる。
遅い朝食を終えた後は、天幕の中で過ごした。昨日と同じくカードゲームをして楽しい時間を過ごし、太陽が濃いオレンジ色に変わった頃、天幕を畳み次のオアシスに向かった。
港町サライエから一番近いオアシスはさほど大きくないが、二番目に近いオアシスは広大だ。場所によっては、人間が定住して小さな集落を作っている。
ミオたちは、砂漠キツネの巣がある場所にやってきた。だが、雨季と乾季で巣穴を移す砂漠キツネの姿はやはり見えない。
「ジョシュア様。やっぱりいませんね。すいません」
草むらで腹這いになって双眼鏡をのぞいているジョシュアに、ミオは謝った。
「動物を人間の都合に合わせるわけにはいかない。巣穴の場所がわかればいいんだよ」
「そうですか。……あの、そろそろ」
「ん?」
「帰路につきませんと、サライエへの到着が夜中になってしまいます。遅い時間になればなるほど砂漠は冷えますから」
旅の終わりを告げるのが悲しい。
普段なら、旅の旦那様を怒らせることなく行程を終わることができたと、ほっとするだけなのに。
双眼鏡を覗いていたジョシュアは、上半身を起こした。コンパスを片手に地図を広げ、難しい顔をする。
「ミオさんは、地図の見方はわかる?現在地はここなんだけど、雨季のシーズンに砂漠キツネを見たのはどこだったか、覚えているかい?」
ペンを渡され×印をつけるように言われた。突き出た半島の先端に幾つか×印をつける。
「では、乾季のシーズンは?」
乾季のシーズンになると、砂漠キツネは半島の内陸部に移動する。思い出せる限り印をつけると、ジョシュアが難しい顔のまま地図を受け取る。
「このオアシスから近いのは、テーベの街?」
「よくご存知ですね。ええ。そこが、阿刺伯国の各都市に向かう中継地点になっているので、いつも賑やかです。「『白の人』一行はそちらで宿泊されるのかもしれないので、今はお祭り状態かもしれません」
「また、『白の人』か。まるで、彼らと旅をしている気分になるね」
不快そうに、ジョシュアが息を吐き出す。ミオは地面に手をつき、額をこすりつけた。
「申し訳ありません。もう『白の人』の話はいたしませんから」
「いいんだよ。ミオさんがそこまで気を使わなくても。阿刺伯国の民は、彼を欧羅巴から守ってくれる守り神みたいに崇めているけれど、実際の彼には、こっれぽちもそんな気持ちがないのだから、ちょっと嫌な気分になっただけさ」
「え?ジョシュア様は『白の人』とお知り合いなのですか?」
「知り合い?まあ、そんなところかな」
今度は、ジョシュアは曖昧に笑った。そして、双眼鏡を首から外しケースにしまい始める。
「帰りのお支度をしましょうか?」
ミオが言うと、ジョシュアは手の中の地図をじっと見つめる。
「ミオさんは、サライエに戻ったらまた別の人を砂漠に案内するの?」
「それが、俺の仕事ですから」
「君は逃げずにえらいね」
ぽつんとジョシュアが呟く。それから暫く考え続けた後、
「何日になるかわからないけれど、旅を延長してもいいかな?」と言った。
「はい!喜んで」
ミオの声は弾む。
「じゃあ、今日はこのオアシスに泊まろう。天幕を張ってもらえる?僕は少し調べたいことがあるから、それが終わったら手伝うよ」
ジョシュアは木箱を小脇に抱えて、砂漠キツネの巣がある場所に行ってしまった。なんだか元気がないのが気になったが、天幕の準備を求められたので付いていくわけにもいかず水辺に戻った。
荷物の中から、天幕一式を取り出す。ヤギの皮で出来た天幕は、畳めばとても小さくなる。支柱は、はめ込み式で一メートルほどの長さの木を数本つないで作る。
天幕を作り終えると、夕食の準備に取り掛かった。たき火を起こして、野菜と肉を煮込んだスープを作る。できあがった頃には、外は真っ暗になっていた。
生まれてこの方、聞いたことのない褒め言葉だった。
嬉しいのだが、落ち着かない気分になる。
遅い朝食を終えた後は、天幕の中で過ごした。昨日と同じくカードゲームをして楽しい時間を過ごし、太陽が濃いオレンジ色に変わった頃、天幕を畳み次のオアシスに向かった。
港町サライエから一番近いオアシスはさほど大きくないが、二番目に近いオアシスは広大だ。場所によっては、人間が定住して小さな集落を作っている。
ミオたちは、砂漠キツネの巣がある場所にやってきた。だが、雨季と乾季で巣穴を移す砂漠キツネの姿はやはり見えない。
「ジョシュア様。やっぱりいませんね。すいません」
草むらで腹這いになって双眼鏡をのぞいているジョシュアに、ミオは謝った。
「動物を人間の都合に合わせるわけにはいかない。巣穴の場所がわかればいいんだよ」
「そうですか。……あの、そろそろ」
「ん?」
「帰路につきませんと、サライエへの到着が夜中になってしまいます。遅い時間になればなるほど砂漠は冷えますから」
旅の終わりを告げるのが悲しい。
普段なら、旅の旦那様を怒らせることなく行程を終わることができたと、ほっとするだけなのに。
双眼鏡を覗いていたジョシュアは、上半身を起こした。コンパスを片手に地図を広げ、難しい顔をする。
「ミオさんは、地図の見方はわかる?現在地はここなんだけど、雨季のシーズンに砂漠キツネを見たのはどこだったか、覚えているかい?」
ペンを渡され×印をつけるように言われた。突き出た半島の先端に幾つか×印をつける。
「では、乾季のシーズンは?」
乾季のシーズンになると、砂漠キツネは半島の内陸部に移動する。思い出せる限り印をつけると、ジョシュアが難しい顔のまま地図を受け取る。
「このオアシスから近いのは、テーベの街?」
「よくご存知ですね。ええ。そこが、阿刺伯国の各都市に向かう中継地点になっているので、いつも賑やかです。「『白の人』一行はそちらで宿泊されるのかもしれないので、今はお祭り状態かもしれません」
「また、『白の人』か。まるで、彼らと旅をしている気分になるね」
不快そうに、ジョシュアが息を吐き出す。ミオは地面に手をつき、額をこすりつけた。
「申し訳ありません。もう『白の人』の話はいたしませんから」
「いいんだよ。ミオさんがそこまで気を使わなくても。阿刺伯国の民は、彼を欧羅巴から守ってくれる守り神みたいに崇めているけれど、実際の彼には、こっれぽちもそんな気持ちがないのだから、ちょっと嫌な気分になっただけさ」
「え?ジョシュア様は『白の人』とお知り合いなのですか?」
「知り合い?まあ、そんなところかな」
今度は、ジョシュアは曖昧に笑った。そして、双眼鏡を首から外しケースにしまい始める。
「帰りのお支度をしましょうか?」
ミオが言うと、ジョシュアは手の中の地図をじっと見つめる。
「ミオさんは、サライエに戻ったらまた別の人を砂漠に案内するの?」
「それが、俺の仕事ですから」
「君は逃げずにえらいね」
ぽつんとジョシュアが呟く。それから暫く考え続けた後、
「何日になるかわからないけれど、旅を延長してもいいかな?」と言った。
「はい!喜んで」
ミオの声は弾む。
「じゃあ、今日はこのオアシスに泊まろう。天幕を張ってもらえる?僕は少し調べたいことがあるから、それが終わったら手伝うよ」
ジョシュアは木箱を小脇に抱えて、砂漠キツネの巣がある場所に行ってしまった。なんだか元気がないのが気になったが、天幕の準備を求められたので付いていくわけにもいかず水辺に戻った。
荷物の中から、天幕一式を取り出す。ヤギの皮で出来た天幕は、畳めばとても小さくなる。支柱は、はめ込み式で一メートルほどの長さの木を数本つないで作る。
天幕を作り終えると、夕食の準備に取り掛かった。たき火を起こして、野菜と肉を煮込んだスープを作る。できあがった頃には、外は真っ暗になっていた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。


あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる