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第一章
16:この国は、変わったね
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「この国は、変わったね。以前は閉鎖的で人々の顔が暗かったが、今は明るい」
おしゃべりが始まって、ミオの顔はぱっと華やいだ。
「もしかして、以前、いらしたことがあるんですか?また来ていただけて、嬉しいです。そうですか。四年前よりさらによくなったのですね」
四年前まで、頑なに異国に門を閉ざしていた阿刺伯国だったが、欧羅巴人の入国を許すと王が宣言し国は変わった。一部の大富豪を覗き、民のほとんどが食べていくだけで精いっぱいだったのが、欧羅巴人という新しい顧客を迎えたことによって、大富豪と奴隷の中間にいた中流の人々が商売を開始できるようになった。
きっとジョシュアは、開国したての時期に来たことがあるのだろう。それ以前にいた異国の人間は『白の人』ぐらいしかいない。半分、阿刺伯国の血が入っているので、異国の人間と言われたら彼は怒るだろうか?それとも、最下層の奴隷は未だこんな状態なのだから、一緒にされなくてよかったと喜ぶだろうか。
カードゲームは続いていく。十回ほどゲームを繰り返し、ミオは負け続けていた。次のゲームで最後のカードを寝台の上に置くと、
「君の勝ちだ」
とジョシュアが言った。
「あ、……すみません」
ミオは調子乗ってしまったと後悔する。
「いんだよ」
ジョシュアは、楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
あっという間に時間が過ぎ、夕方になった。
北斗星号に荷物を積むため宿屋の一階に降りていくと、海辺の通りに人が溢れている。遠くに見える波止場はさらに混雑していた。
ミオは伸び上ったが、見えるのは人の頭ばかり。
「一体何が……?うわっ」
突然、視界が高くなる。ジョシュアがミオを腕に抱えたのだ。周りの人間は、驚いたように二人を眺めている。
「見える?」
「ジョシュア様っ。下ろしてください。みんな、見ていますよ!奴隷で、おまけの『白』の俺なんかを、腕に抱いてはいけません」
「僕の代わりに、何の騒ぎなのか見ておくれよ。だったら、いいだろう?」
とジョシュアは、ミオの腰を掴んでさらに掲げた。
波止場に、豪華な輿が止まっている。王様が乗って練り歩く乗り物だ。屈強な担ぎ手が数十人控えていた。阿刺伯国の民族衣装を身につけた男が、今まさに輿に乗り込もうとしている最中だった。
遠目からはよく分からないが、肌は阿刺伯国の人間よりはるかに白く、帽子を被った頭からは、ジョシュアと似た明るい茶色の髪が零れている。
「きっと『白の人』だ。新王の結婚式にいらしたんだ」
予想通り、西班牙の王女がやってきたよりも阿刺伯国の国民は熱狂していた。しかも、英国に渡って十年が過ぎているにも関わらず、生まれ育った阿刺伯国の衣装を身に着けてくれているのだから、民としては嬉しいことこの上ない。
「なるほど。パレードか。だったら、この馬鹿騒ぎにも納得だ」
ミオの下で、ジョシュアが棘のある言い方をする。
『白の人』は、半分はジョシュアと同じ英国の血が流れている。阿刺伯国の民にここまで歓迎されたら、誇らしい気分になりそうなものなのに。実際、隣の老女など涙を流して手を振っている。
ミオを下ろしたジョシュアが、じっと顔を見た。
「『白の人』が見られて、君も思いっきりはしゃぐのかと思ったけれど、意外な反応だね。彼があまり好きではない?」
曖昧に笑うしかなかった。意見を主張するということは、奴隷には命がけだ。うっかり相手を怒らせてしまえば、死ぬほど殴られる。
だが、ジョシュアは欧羅巴人らしく「僕は嫌いだよ」とはっきり言った。
北斗星号とジョシュアを連れて歩いて行くと、星空旅行社の店先で店主が偉そうにふんぞり返る男に、ペコペコ頭を下げていた。役人だ。
『白』を雇っている店は、役人のチェックが月一回入る。四年前、阿刺伯国が開国した直後から始まった制度だ。
「ほら、戻ってきました。元気に働いているでしょう?」
ジョシュアを連れて戻ってきたミオを見て、店主は大げさにこちらを指さす。役人は不承不承頷いて去って行った。
おしゃべりが始まって、ミオの顔はぱっと華やいだ。
「もしかして、以前、いらしたことがあるんですか?また来ていただけて、嬉しいです。そうですか。四年前よりさらによくなったのですね」
四年前まで、頑なに異国に門を閉ざしていた阿刺伯国だったが、欧羅巴人の入国を許すと王が宣言し国は変わった。一部の大富豪を覗き、民のほとんどが食べていくだけで精いっぱいだったのが、欧羅巴人という新しい顧客を迎えたことによって、大富豪と奴隷の中間にいた中流の人々が商売を開始できるようになった。
きっとジョシュアは、開国したての時期に来たことがあるのだろう。それ以前にいた異国の人間は『白の人』ぐらいしかいない。半分、阿刺伯国の血が入っているので、異国の人間と言われたら彼は怒るだろうか?それとも、最下層の奴隷は未だこんな状態なのだから、一緒にされなくてよかったと喜ぶだろうか。
カードゲームは続いていく。十回ほどゲームを繰り返し、ミオは負け続けていた。次のゲームで最後のカードを寝台の上に置くと、
「君の勝ちだ」
とジョシュアが言った。
「あ、……すみません」
ミオは調子乗ってしまったと後悔する。
「いんだよ」
ジョシュアは、楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
あっという間に時間が過ぎ、夕方になった。
北斗星号に荷物を積むため宿屋の一階に降りていくと、海辺の通りに人が溢れている。遠くに見える波止場はさらに混雑していた。
ミオは伸び上ったが、見えるのは人の頭ばかり。
「一体何が……?うわっ」
突然、視界が高くなる。ジョシュアがミオを腕に抱えたのだ。周りの人間は、驚いたように二人を眺めている。
「見える?」
「ジョシュア様っ。下ろしてください。みんな、見ていますよ!奴隷で、おまけの『白』の俺なんかを、腕に抱いてはいけません」
「僕の代わりに、何の騒ぎなのか見ておくれよ。だったら、いいだろう?」
とジョシュアは、ミオの腰を掴んでさらに掲げた。
波止場に、豪華な輿が止まっている。王様が乗って練り歩く乗り物だ。屈強な担ぎ手が数十人控えていた。阿刺伯国の民族衣装を身につけた男が、今まさに輿に乗り込もうとしている最中だった。
遠目からはよく分からないが、肌は阿刺伯国の人間よりはるかに白く、帽子を被った頭からは、ジョシュアと似た明るい茶色の髪が零れている。
「きっと『白の人』だ。新王の結婚式にいらしたんだ」
予想通り、西班牙の王女がやってきたよりも阿刺伯国の国民は熱狂していた。しかも、英国に渡って十年が過ぎているにも関わらず、生まれ育った阿刺伯国の衣装を身に着けてくれているのだから、民としては嬉しいことこの上ない。
「なるほど。パレードか。だったら、この馬鹿騒ぎにも納得だ」
ミオの下で、ジョシュアが棘のある言い方をする。
『白の人』は、半分はジョシュアと同じ英国の血が流れている。阿刺伯国の民にここまで歓迎されたら、誇らしい気分になりそうなものなのに。実際、隣の老女など涙を流して手を振っている。
ミオを下ろしたジョシュアが、じっと顔を見た。
「『白の人』が見られて、君も思いっきりはしゃぐのかと思ったけれど、意外な反応だね。彼があまり好きではない?」
曖昧に笑うしかなかった。意見を主張するということは、奴隷には命がけだ。うっかり相手を怒らせてしまえば、死ぬほど殴られる。
だが、ジョシュアは欧羅巴人らしく「僕は嫌いだよ」とはっきり言った。
北斗星号とジョシュアを連れて歩いて行くと、星空旅行社の店先で店主が偉そうにふんぞり返る男に、ペコペコ頭を下げていた。役人だ。
『白』を雇っている店は、役人のチェックが月一回入る。四年前、阿刺伯国が開国した直後から始まった制度だ。
「ほら、戻ってきました。元気に働いているでしょう?」
ジョシュアを連れて戻ってきたミオを見て、店主は大げさにこちらを指さす。役人は不承不承頷いて去って行った。
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