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第一章

14:今度こそ、本当に寝床のお世話だろうか?

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「だから、君に対して怒っているのではないってば。今朝、出会ったときに砂漠の旅を申し込んであげていれば、君は鞭打たれることはなかったのにと、自分の決断力の無さに怒っているんだ」
 男はますます声を尖らせ、ミオは身体を固くした。
 その様子を見て、男は「参ったな」と口にする。
 ハシバミ色の瞳がわずかに揺らめいていた。
 迷っているような困っているような。
「あの、俺、旅行社に帰ります」
 歓迎されているようには思えなくて、寝台から腰を浮かせかけると、男がトンとミオの胸を押した。
ミオは、仰向けに倒れる。
「少し待っていて」 
 男は、寝台から離れていく。
「えっと、あの……」
 戸惑うミオをそのままに、男は部屋の扉を開け、
「勝手に帰ってはいけないよ」
と念を押し、廊下に出て行った。
 訳がわからない。
 手当は済んだし、旅の申し出はすでに断られている。
 なら、自分にこれ以上、何の用があると?
 今度こそ、本当に寝床のお世話だろうか? 
「まさか。俺は、最下層奴隷で、おまけにみんなが蔑む『白』で」
 ミオは、寝台の上を這いまわる。敷布からいい匂いがした。洗濯粉とは全然違う爽やかな花の香りだ。ハシバミ色の目を持つ、すらりと背の高い男にぴったりだった。
 寝台でじっとしていると、興奮と緊張が少し和らぎ、頭の奥がジンジンと痛むのを思い出した。
「滋養剤を追加で飲んだら、喜んでくださるだろうか」
 ミオは滋養剤の小袋を探しかけ、北斗星号の背に積んである荷物の中に、それがあることに気づいた。
 宿の天井を見つめる。
「……今さらか」
 最近、滋養剤が効くまでの時間がちょっとずつ伸びている。
 旅の途中で起きあがれなくなるか、それとも、星空旅行社の奴隷部屋の寝台の上か。生きることを諦める瞬間が、どのタイミングで訪れるのだろかと考えることが増えた。
「俺はそのとき、ずっと欲しかったものをそのとき手にしているのかな」
 敷布に顔を埋め、涼し気な花の匂いを嗅ぎながら呟く。
 半刻ほど時間がすぎて、部屋の扉が開く音がした。
「お帰りなさいませ」
 寝台から身体を起こすが、顔を上げることができなかった。
 寝床の世話なんてしたことがないから、どんな顔をして迎え入れていいのか分からなかったのだ。
「元気が無いね。具合でも悪い?」
「いえ」
 覚悟して顔を上げると、男は、片手に真新しいサイティと革のサンダルを、別の手にパンや果物が入った籠を抱えていた。
 寝台に腰掛けミオに新しいサイティを差し出してくる。見た目からして上等なものだと分かる。下穿きもターバンもあった。
「これを、君に」
「はい?」
 ミオは、首を傾げた。
「だから、このサイティを君に」
 膝の上にそれを無造作にポンと置かれ、慌てた。
「こんな高価なもの、いただけません」
「砂漠の旅は、上半身裸じゃできないだろう」
 貰う理由がなくて遠慮していたミオだったが、男の意図がようやくわかった。
「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ」
と何度も礼を言いながらサイティを身につけた。下穿きも新しいものに代える。どちらも滑らかな肌触りだった。幸福感が湧き上がってきて、思わず身震いしてしまう。
「さあ、食事にしよう」
 寝台の隅に置いてあった籠を引き寄せて、男が言う。どれも食べたことのない高級な食材だった。
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