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第一章
13:また、叩かれるんだろう?
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かべた。浜辺にハンカチの上に置かれた革張りの本を手に取って、ミオに背を向けて歩き出す。
行ってしまう。
サイティが流されたことにパニックになっていて、いまようやく気づいたが、この人は、『白』の自分を助けてくれた。
この国の言葉をあれだけ流暢に喋るのだから、どんなに『白』が忌むべき存在か知っているに違いない。
それでも、命を救ってくれた。
なのに、自分は礼すら言えていない。
男は浜辺で大人しく座る北斗星号に近寄って行き、背をひとしきり撫で合図を送って立ち上がらせた。びっくりするほど扱いが上手い。
「ついておいで」
「え?」
「宿に戻るんだよ」
命令されれば奴隷なのだから、従わないわけにはいかない。ミオは、身体を小さくして海から出る。男の傍に駆け寄り、背中に隠れるようにして歩いた。
浜辺から海辺の道に戻る。身体についていた海水がだんだん乾いていき、日差しがきつく感じる。サイティを着ていても辛いのに、上半身裸なのだからなおさらだ。
「見ろよ!『白』が上半身裸で歩いているぜ」という声があちこちの宿屋の店先から聞こえてきて、ミオはこの場から消え去りたかった。
「こっちに」
振り向いた男が、隣に並ぶように言った。言われたとおりにすると、サイティの裾を掲げて太陽光線からも人の視線からも隠してくれる。
ミオは、ぽかんとしてしまった。
すぐには男の行為が意味することがわからなかったのだ。
溺れた人間を助けたのは、とっさに身体が動いてしまったからなのかもしれない。
だが、こんな風にミオを周りの視線から隠してくれるのは、あきらかに彼の意思だ。
「あ……りがとう……ございます」
ようやく礼を言うことができた。しかし、男の優しい対応に慣れなくて、声がかすれる。
宿につくと、男は北斗星号を店主に頼み、ミオを二階の部屋に連れて行く。
寝台と小さな小机だけのシンプルな部屋で、隅にトランクが大量に詰まれていた。男は小机に本を置くと、入り口に佇むミオに寝台に座るように言い、ごそごそとトランクを探り出した。
「手を出すんだ」
声が少し尖っていた。
ミオは、床にひざまづき手のひらを上にして胸の位置に掲げる。俯く視界に、男のつま先が入ってきた。痛みがやってくるの待つ。
「違うよ、僕は君に対して怒っていない」
顔をあげると、男が首を振っている。
「さあ、こっちへ」
ミオは、再び寝台に、そして、男も傍らに座った。
丹念に手のひらの傷口を見られ、消毒液を吹きかられた。
「ううっ」と呻くと「悪いけど我慢して」と男は囁く。
「旦那様は、お医者様なんですか?」
手のひらを見ていたハシバミ色の目が、ミオの顔を捉える。
「僕は、技師だ。医者じゃない」
「技師様?」
「例えば、この宿が立っている地面がどれぐらい丈夫か調べたり、地中に何が埋まっているのかを調べたりする」
よくわからないが、難しい仕事なのだろう。
やがて手当てが終わる。綺麗に両手のひらに巻かれた包帯を見て、ミオは少しだけ笑うことが出来た。
寝台に座ったまま、包帯や薬をトランクにしまっている男に、丁寧に礼を言う。
「親切にしていただきありがとうございました。御恩は忘れません。俺なんかが、部屋にいつまでも長居しては御迷惑かと思うので、もう失礼します」
「そんな格好で、雇い主のところに戻るつもりかい?また、叩かれるんだろう?さっき、手を見せるように僕が言ったとき、君はすぐに両手を差し出し跪いた。もう完全に習い性になっているね」
「はい。申し訳ありません」
行ってしまう。
サイティが流されたことにパニックになっていて、いまようやく気づいたが、この人は、『白』の自分を助けてくれた。
この国の言葉をあれだけ流暢に喋るのだから、どんなに『白』が忌むべき存在か知っているに違いない。
それでも、命を救ってくれた。
なのに、自分は礼すら言えていない。
男は浜辺で大人しく座る北斗星号に近寄って行き、背をひとしきり撫で合図を送って立ち上がらせた。びっくりするほど扱いが上手い。
「ついておいで」
「え?」
「宿に戻るんだよ」
命令されれば奴隷なのだから、従わないわけにはいかない。ミオは、身体を小さくして海から出る。男の傍に駆け寄り、背中に隠れるようにして歩いた。
浜辺から海辺の道に戻る。身体についていた海水がだんだん乾いていき、日差しがきつく感じる。サイティを着ていても辛いのに、上半身裸なのだからなおさらだ。
「見ろよ!『白』が上半身裸で歩いているぜ」という声があちこちの宿屋の店先から聞こえてきて、ミオはこの場から消え去りたかった。
「こっちに」
振り向いた男が、隣に並ぶように言った。言われたとおりにすると、サイティの裾を掲げて太陽光線からも人の視線からも隠してくれる。
ミオは、ぽかんとしてしまった。
すぐには男の行為が意味することがわからなかったのだ。
溺れた人間を助けたのは、とっさに身体が動いてしまったからなのかもしれない。
だが、こんな風にミオを周りの視線から隠してくれるのは、あきらかに彼の意思だ。
「あ……りがとう……ございます」
ようやく礼を言うことができた。しかし、男の優しい対応に慣れなくて、声がかすれる。
宿につくと、男は北斗星号を店主に頼み、ミオを二階の部屋に連れて行く。
寝台と小さな小机だけのシンプルな部屋で、隅にトランクが大量に詰まれていた。男は小机に本を置くと、入り口に佇むミオに寝台に座るように言い、ごそごそとトランクを探り出した。
「手を出すんだ」
声が少し尖っていた。
ミオは、床にひざまづき手のひらを上にして胸の位置に掲げる。俯く視界に、男のつま先が入ってきた。痛みがやってくるの待つ。
「違うよ、僕は君に対して怒っていない」
顔をあげると、男が首を振っている。
「さあ、こっちへ」
ミオは、再び寝台に、そして、男も傍らに座った。
丹念に手のひらの傷口を見られ、消毒液を吹きかられた。
「ううっ」と呻くと「悪いけど我慢して」と男は囁く。
「旦那様は、お医者様なんですか?」
手のひらを見ていたハシバミ色の目が、ミオの顔を捉える。
「僕は、技師だ。医者じゃない」
「技師様?」
「例えば、この宿が立っている地面がどれぐらい丈夫か調べたり、地中に何が埋まっているのかを調べたりする」
よくわからないが、難しい仕事なのだろう。
やがて手当てが終わる。綺麗に両手のひらに巻かれた包帯を見て、ミオは少しだけ笑うことが出来た。
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「親切にしていただきありがとうございました。御恩は忘れません。俺なんかが、部屋にいつまでも長居しては御迷惑かと思うので、もう失礼します」
「そんな格好で、雇い主のところに戻るつもりかい?また、叩かれるんだろう?さっき、手を見せるように僕が言ったとき、君はすぐに両手を差し出し跪いた。もう完全に習い性になっているね」
「はい。申し訳ありません」
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