【完結】愛し君はこの腕の中

遊佐ミチル

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第一章

4:この優しさにはまだ慣れない。

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 ジョシュアがランプを付けたようだ。
 夜着を身に着け終わったミオは、入り口に佇む。
 ジョシュアのトランクやミオの旅の荷物は、隅につまれてあった。
 この方がやってくれたのか。奴隷の仕事なのに。
とミオが思っていると、「おいで」とジョシュアが手招きする。
 包帯と消毒液が、ジョシュアのトランクから取り出された。
「濡れてしまっただろうから、巻き直すよ。こっちに」
 横たわっていた場所に座ろうとしたら、水でびしょびしょに濡れている。ジョシュアが 熱がるミオを冷やしてくれた跡がくっきりと残っていた。
 傷ついた掌に薬が塗られ、包帯が巻かれていく。
 この優しさにはまだ慣れない。
 緊張しながらミオは考えていた。
 何かの形で感謝を示したい。
 こんな自分に触れて介抱してくれたのだから。
 でも、どうしたらいいのだろう。
 自分は何も持っていない。
 あるとすれば……。
 手当てが終わると、ミオは天幕の端に寄せられていた荷物の底から、ドロップ缶を取り出した。以前、英国の客を砂漠に旅に連れて行った際に、余ったからあげると言われたもので、昔は三分の一ぐらいドロップが入っていた。
 それを、ジョシュアに差し出した。
 命の次に大事な物だと言えば、誰もが大げさなと笑うだろう。
 だが、事実だった。
 死人のように生きていた自分に喜びを与えてくれたジョシュアという男に、そうまでしてありがとうという気持ちを伝えたかった。
「これを、僕に?」
 彼は、ひょいとミオの手の中のドロップ缶を取って、耳元で振った。
「中身はドロップじゃないな」
 音を確かめたジョシュアは、蓋を開けて覗き込んだ後、缶を傾け手のひらに出した。
 ジャラジャラと音を立てて、硬貨が出てくる。
「この国で、一番少額の硬貨だね」
「奴隷の俺が、旅の旦那様にこんなものを差し上げるのは、おかしいと分かっています。でも、ラクダも、旅の荷物も旅行社の主人のもので、俺の持ち物で一番大切なものといったら、これしかないのです。どうか、お納めください」
「倒れている人間を介抱するのは当たり前のことだ。怪我の手当もね。それにしても、これ、随分頑張って貯めたみたいだけど、何か目的があったんだろう?」
 確かにその通りだった。たまに貰えるチップを大事に貯め続けてきた。
 どうしても欲しい物があったのだ。
「お願いします。どうか」
 言いよるとジョシュアは、ドロップの蓋を閉め返してよこした。
「受け取れないよ」
 ミオにとっては命の次に大事なものだが、英国人のジョシュアにはただの小銭の山。
 貰っても邪魔になるだけなのだろう。
 ミオは情けない笑顔でドロップ缶を受け取る。
 胸が痛かった。
 目にじんわり涙が浮かびそうになり、ジョジュアに背を向けて旅の荷物にドロップ缶を仕舞う。そして、天幕の外に出て行こうとした。
「どこに行くの?」
 ジョシュアが、怪訝な顔で聞いてくる。
「少し睡眠を取らせていただこうかと思って。砂漠の案内人は、火の番をしながら眠るんです」
「たき火は、消えかけているよ。また一から火を起こしていたら、朝になってしまう。遠慮せずに、こっちへ」
 ジョシュアは、先ほどまでミオが横たわっていたあたりをひとしきり手で触れ、困った顔をした。
 それから、天幕の端までぐいと身体を寄せ、ブランケットを被りながら言った。
「ドロップ缶の代わりに、別のものをもらってもいいかい?」
 ジョシュアの一言で、ぱっと世界が輝いた気がした。
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