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第六章
51:ほら、震えているじゃないか
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フェラーラ公国を抜け、フィレンチェを囲むように存在する教皇領ローマを超え、明日、イル・モーロ一行はフィレンチェ入りする。
教皇領ローマの地方貴族の館に今夜は宿泊だ。国境沿いでさほど大きな館はなく、他の一行と一緒の宿泊となった。
アンジェロの別れの宴は、三人が三人ともそんな気分になれず、普通の食事で終わってしまった。絵の方はあれだけ盛り上がったというのに、現実の最後の晩餐はなんともあっけない。
今晩の部屋も客室には三つ寝室があった。夜が更けて、アンジェロもサライも早々に自分の部屋に引っ込んだ。
レオナルドは、自分の寝室の机で手紙を書いていた。
書き上げると封筒に入れ蝋で封をする。そして、蝋燭を吹き消しサライの部屋に向かった。
隣室のアンジェロに聞こえないよう控えめに扉を叩くと、サライがすぐに扉を開けた。
レオナルドは書き上げた手紙をサライに渡す。
「これを、ピエロに渡してくれ」
「明日にはフィレンチェだよ? マエストロが直接渡せばいいじゃないか。ピエロ公とは面識があるんでしょう?」
確かに、ロレンツォとその妻クラリーチェの長男ピエロのことをレオナルドは知っている。彼が八歳になるまでレオナルドはフィレンチェにおり、ロレンツォに頼まれ、空飛ぶ機械のおもちゃなど散々作ってやったので覚えていないとは言わせない。
「無理だ。フィレンチェへの通行許可証が発行されていない。俺はフィオレンティーナだが、ミラノ公国預かりの身だからな」
「まさかイル・モーロが断ってきたの?信じられない。今から彼へ意見しに……」
「止めろ。フィレンチェに入国しないことを条件に、ピエロに手紙を書いて貰ったんだ」
「イル・モーロの奴が素直にマエストロのお願いを聞くわけがないと思っていたんだ。記念騎馬像だって食堂の壁画より前にやれって言われたんじゃないの? 絵を描くより数倍も腕に負担がかかるのに」
「いいんだ、伸ばし伸ばしにしていた俺も悪い。これからすぐにピエロの元に行ってくれ。アンジェロを、フランス王国ヴァロア家に行かせず、フィレンチェで活動させてやってくれと書いてある」
「その代わりに何かするなんて、余計な事まで書いてないよね? 記念騎馬像に、食堂の壁画。これで数年は手一杯なんだよ? それに、名もなき美術商の絵も受けようとしているよね。これ以上は出来ないよ。アンジェロの心配もいいけど、自分の体も大切にして」
サライはレオナルドの左腕を掴んだ。
「ほら、震えているじゃないか」
「いつものことだ」
「僕に商売道具を大事にしろっていうくせに、全然説得力ない」
教皇領ローマの地方貴族の館に今夜は宿泊だ。国境沿いでさほど大きな館はなく、他の一行と一緒の宿泊となった。
アンジェロの別れの宴は、三人が三人ともそんな気分になれず、普通の食事で終わってしまった。絵の方はあれだけ盛り上がったというのに、現実の最後の晩餐はなんともあっけない。
今晩の部屋も客室には三つ寝室があった。夜が更けて、アンジェロもサライも早々に自分の部屋に引っ込んだ。
レオナルドは、自分の寝室の机で手紙を書いていた。
書き上げると封筒に入れ蝋で封をする。そして、蝋燭を吹き消しサライの部屋に向かった。
隣室のアンジェロに聞こえないよう控えめに扉を叩くと、サライがすぐに扉を開けた。
レオナルドは書き上げた手紙をサライに渡す。
「これを、ピエロに渡してくれ」
「明日にはフィレンチェだよ? マエストロが直接渡せばいいじゃないか。ピエロ公とは面識があるんでしょう?」
確かに、ロレンツォとその妻クラリーチェの長男ピエロのことをレオナルドは知っている。彼が八歳になるまでレオナルドはフィレンチェにおり、ロレンツォに頼まれ、空飛ぶ機械のおもちゃなど散々作ってやったので覚えていないとは言わせない。
「無理だ。フィレンチェへの通行許可証が発行されていない。俺はフィオレンティーナだが、ミラノ公国預かりの身だからな」
「まさかイル・モーロが断ってきたの?信じられない。今から彼へ意見しに……」
「止めろ。フィレンチェに入国しないことを条件に、ピエロに手紙を書いて貰ったんだ」
「イル・モーロの奴が素直にマエストロのお願いを聞くわけがないと思っていたんだ。記念騎馬像だって食堂の壁画より前にやれって言われたんじゃないの? 絵を描くより数倍も腕に負担がかかるのに」
「いいんだ、伸ばし伸ばしにしていた俺も悪い。これからすぐにピエロの元に行ってくれ。アンジェロを、フランス王国ヴァロア家に行かせず、フィレンチェで活動させてやってくれと書いてある」
「その代わりに何かするなんて、余計な事まで書いてないよね? 記念騎馬像に、食堂の壁画。これで数年は手一杯なんだよ? それに、名もなき美術商の絵も受けようとしているよね。これ以上は出来ないよ。アンジェロの心配もいいけど、自分の体も大切にして」
サライはレオナルドの左腕を掴んだ。
「ほら、震えているじゃないか」
「いつものことだ」
「僕に商売道具を大事にしろっていうくせに、全然説得力ない」
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