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第五章

38:師匠のあの言葉、本当に身に染みる

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 季節は夏の終わりを迎えつつあった。北にあるミラノは、夏は一瞬だ。暑くなったかと思うと、もう秋の風が吹き始めていた。
 アンジェロがミラノにやって来て、四か月が過ぎようとしていた。
 教会の敷地を出て大通りに向かうと、毛並みの美しい数十頭の馬が馬飼いに引かれ、スフォルコ城へ続く石畳の道を歩いていた。
「ここ最近、馬、馬、馬!馬ばっかりだね」
 素描帳を抱えたサライは馬の尻を見て辟易する。
 額に手をかざしながらレオナルドが答えた。
「ロレンツォの大葬の日取りがようやく決まって、イル・モーロの奴、張り切っているんだろ。ミラノ国中の馬を集めそうな勢いだぜ。なんせ、奴は軍人上がりだから、異国に赴くときは、まずは馬からってタイプだ。まあ、フィレンチェの連中には、馬の品評会を開きにやって来たのかって笑われるだろうがな」
「閣下!馬以外にも気を配られたほうが!」
「おい、サライ。それは誰の物真似だ?」
 冗談を言うサライを、レオナルドが軽く睨んでみせる。
 本当にこの二人は不思議な関係だ。
 サライは、夏を祝う宴の翌朝、首に口づけの痕を派手つけて帰ってきた。派手に男遊びをしてきたのがありありと分かるのに、それを見てレオナルドが言った台詞は「よく帰ってきた」だった。
「二人とも行くぞ」
 レオナルドは、スフォルコ城を背にし、市場に向かって歩き出す。素描帳を胸に抱えたアンジェロと、木炭の予備を入れた箱を持ったサライは無言でレオナルドに従う。
 夏を祝う宴の夜以来、サライがアンジェロの寝台に忍び込んでくることも無くなり、コミュニケーションはふっつり途絶えていた。今では目も合わせようとしない。
「お前らに、会話はというものはないのか?」
 お喋りもせずただ黙ってついて来る弟子二人に、レオナルドが振り返って問いかける。
「だって、アンジェロと話通じないし」
『サライは、オレと喋りたくないかも』
 同時に答え、お互い顔を見合わせる。
 スフォルコ城の夜が蘇ってアンジェロは赤面し、サライはぷいっと顔を反らす。
「少しは仲良くしろよ」とレオナルドが顔を顰める。
「これじゃあ、兄弟喧嘩を諫める親だ。師匠のあの言葉、本当に身に染みる」
 特大のぼやきを放ち、レオナルドはアンジェロに持たせた素描帳を取り上げる。
 最近、レオナルドは十二使徒の一人、イアスカリオテのユダ探しに忙しい。毎日のように市場に出て、ユダのモデルを探し歩いている。
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