38 / 64
第五章
38:師匠のあの言葉、本当に身に染みる
しおりを挟む
季節は夏の終わりを迎えつつあった。北にあるミラノは、夏は一瞬だ。暑くなったかと思うと、もう秋の風が吹き始めていた。
アンジェロがミラノにやって来て、四か月が過ぎようとしていた。
教会の敷地を出て大通りに向かうと、毛並みの美しい数十頭の馬が馬飼いに引かれ、スフォルコ城へ続く石畳の道を歩いていた。
「ここ最近、馬、馬、馬!馬ばっかりだね」
素描帳を抱えたサライは馬の尻を見て辟易する。
額に手をかざしながらレオナルドが答えた。
「ロレンツォの大葬の日取りがようやく決まって、イル・モーロの奴、張り切っているんだろ。ミラノ国中の馬を集めそうな勢いだぜ。なんせ、奴は軍人上がりだから、異国に赴くときは、まずは馬からってタイプだ。まあ、フィレンチェの連中には、馬の品評会を開きにやって来たのかって笑われるだろうがな」
「閣下!馬以外にも気を配られたほうが!」
「おい、サライ。それは誰の物真似だ?」
冗談を言うサライを、レオナルドが軽く睨んでみせる。
本当にこの二人は不思議な関係だ。
サライは、夏を祝う宴の翌朝、首に口づけの痕を派手つけて帰ってきた。派手に男遊びをしてきたのがありありと分かるのに、それを見てレオナルドが言った台詞は「よく帰ってきた」だった。
「二人とも行くぞ」
レオナルドは、スフォルコ城を背にし、市場に向かって歩き出す。素描帳を胸に抱えたアンジェロと、木炭の予備を入れた箱を持ったサライは無言でレオナルドに従う。
夏を祝う宴の夜以来、サライがアンジェロの寝台に忍び込んでくることも無くなり、コミュニケーションはふっつり途絶えていた。今では目も合わせようとしない。
「お前らに、会話はというものはないのか?」
お喋りもせずただ黙ってついて来る弟子二人に、レオナルドが振り返って問いかける。
「だって、アンジェロと話通じないし」
『サライは、オレと喋りたくないかも』
同時に答え、お互い顔を見合わせる。
スフォルコ城の夜が蘇ってアンジェロは赤面し、サライはぷいっと顔を反らす。
「少しは仲良くしろよ」とレオナルドが顔を顰める。
「これじゃあ、兄弟喧嘩を諫める親だ。師匠のあの言葉、本当に身に染みる」
特大のぼやきを放ち、レオナルドはアンジェロに持たせた素描帳を取り上げる。
最近、レオナルドは十二使徒の一人、イアスカリオテのユダ探しに忙しい。毎日のように市場に出て、ユダのモデルを探し歩いている。
アンジェロがミラノにやって来て、四か月が過ぎようとしていた。
教会の敷地を出て大通りに向かうと、毛並みの美しい数十頭の馬が馬飼いに引かれ、スフォルコ城へ続く石畳の道を歩いていた。
「ここ最近、馬、馬、馬!馬ばっかりだね」
素描帳を抱えたサライは馬の尻を見て辟易する。
額に手をかざしながらレオナルドが答えた。
「ロレンツォの大葬の日取りがようやく決まって、イル・モーロの奴、張り切っているんだろ。ミラノ国中の馬を集めそうな勢いだぜ。なんせ、奴は軍人上がりだから、異国に赴くときは、まずは馬からってタイプだ。まあ、フィレンチェの連中には、馬の品評会を開きにやって来たのかって笑われるだろうがな」
「閣下!馬以外にも気を配られたほうが!」
「おい、サライ。それは誰の物真似だ?」
冗談を言うサライを、レオナルドが軽く睨んでみせる。
本当にこの二人は不思議な関係だ。
サライは、夏を祝う宴の翌朝、首に口づけの痕を派手つけて帰ってきた。派手に男遊びをしてきたのがありありと分かるのに、それを見てレオナルドが言った台詞は「よく帰ってきた」だった。
「二人とも行くぞ」
レオナルドは、スフォルコ城を背にし、市場に向かって歩き出す。素描帳を胸に抱えたアンジェロと、木炭の予備を入れた箱を持ったサライは無言でレオナルドに従う。
夏を祝う宴の夜以来、サライがアンジェロの寝台に忍び込んでくることも無くなり、コミュニケーションはふっつり途絶えていた。今では目も合わせようとしない。
「お前らに、会話はというものはないのか?」
お喋りもせずただ黙ってついて来る弟子二人に、レオナルドが振り返って問いかける。
「だって、アンジェロと話通じないし」
『サライは、オレと喋りたくないかも』
同時に答え、お互い顔を見合わせる。
スフォルコ城の夜が蘇ってアンジェロは赤面し、サライはぷいっと顔を反らす。
「少しは仲良くしろよ」とレオナルドが顔を顰める。
「これじゃあ、兄弟喧嘩を諫める親だ。師匠のあの言葉、本当に身に染みる」
特大のぼやきを放ち、レオナルドはアンジェロに持たせた素描帳を取り上げる。
最近、レオナルドは十二使徒の一人、イアスカリオテのユダ探しに忙しい。毎日のように市場に出て、ユダのモデルを探し歩いている。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
幸福からくる世界
林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。
元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。
共に暮らし、時に子供たちを養う。
二人の長い人生の一時。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
味噌汁と2人の日々
濃子
BL
明兎には一緒に暮らす男性、立夏がいる。彼とは高校を出てから18年ともに生活をしているが、いまは仕事の関係で月の半分は家にいない。
家も生活費も立夏から出してもらっていて、明兎は自分の不甲斐なさに落ち込みながら生活している。いまの自分にできることは、この家で彼を待つこと。立夏が家にいるときは必ず飲みたいという味噌汁を作ることーー。
長い付き合いの男性2人の日常のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる