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第四章

37:ああ、素っ裸にして、その体を余すとこなく描きてえな

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 レオナルドが余りも真剣な顔でアンジェロを見るので、恥ずかしさで身をくねらせる。
 さらに擦るスピードが速まった。やがて、息も止まるほどの快楽が尾てい骨から、背筋を伝っていく。
『―――っ』
 熱い液体が吹きだして、レオナルドの手を濡らしていったのが分かった。
 アンジェロは、息を弾ませていた。
 レオナルドが顔を見ている。
「目、潤んでいるな。顔も上気して……」
 熱っぽい目で見られ、アンジェロは身の置き所がなくなる。また逃げ出したくなってもぞもぞと体を動かすと、レオナルドが両肩をがっしりと掴んだ。
「ああ、素っ裸にして、その体を余すとこなく描きてえな。残りの対価をそれで払えって命令しちまいたい」
 言葉だけで、きゅんと下っ腹を付き上げられるような刺激を感じる。
「お前に対してゾクッとくるのは、今だけじゃないぜ。出会った日、橋でも感じた。何でだろうな」
『橋? ……んっ』
 レオナルドが、またアンジェロに唇を重ねてきた。
 橋の手すりに立つ情けない男のどこに魅力があるというのだろう。
 それにオレは、アンジェロじゃない。本当はミケランジェロ・ブオナティーだ。
 真実を知ってもらいたいという気持ちと、隠したいという気持ちがないまぜになってアンジェロを苦しめたが、深い口づけにすぐに何も考えられなくなる。
 解放されたはずの雄がまた立ち上がって来て、アンジェロは下半身をくねらせる。
「もう一回か?」と唇を離されそう聞かれ、素直に頷いた。
 レオナルドの肩越しに作業部屋の窓から見える空が、だんだんと白んでくる。何度、解放を手伝って貰っただろう。
 今はもうすっかり興奮は止んだが、何だか離れがたくて、ずっとレオナルドにくっついていた。
 さっきから気になることがあったが、聞けずにいた。
 レオナルドが振り返って窓を見た。
「もう、夜明けだな。サライもそろそろ帰ってくる」
『……うん』
「あれだけ出してスッキリしたはずなのに、元気がねえな?」
『レオさん……』
 もう今しか聞く機会はないと思い、勇気を出して唇を動かす。
「サライにも、こういうことした?』
 すると、レオナルドは「する訳がねえ」と体を反らせ笑い出す。
『あんなに綺麗なのに?』
「綺麗とか、そういうのは関係ねえ。恋人として傍に置いたら最後、あいつの悪癖に振り回され、関係はめちゃくちゃになる。そしたら、サライは帰る場所を失う。だから、好きにならない」
『オレには……難しすぎて、分からない』
「愛情ってのは、クピドが放った矢みたいに、真っ直ぐ分かりやすく意中の相手に届くわけじゃないってことだ」
『う、うん?』
 分かったような、分からないような。
 立ち上がったレオナルドは、アンジェロに手を伸ばしてくる。
 アンジェロもノロノロと立ち上がった。
 さっさとレオナルドは作業部屋を出て行くのかと思ったのだが、アンジェロの前に立ったきり、動き出そうとしなかった。一睡もしないで朝を迎えたので、さらに男臭さが増した姿でアンジェロを見つめている。
 レオナルドが壁に手をかけ、顔を近づけてくる。
「お前とこうやって一夜を明かすとは、拾った時は思いもしなかったが、」
 一度言葉を区切ったレオナルドは、小さく唇を引き上げた。
「離れるとなると名残惜しいもんだな」
 彼は目を閉じると、アンジェロに唇を重ねてきた。
 それは、昨晩の激しいものとは違い、小鳥が花の蜜をついばむような軽さだった。特別に大切にされているのではないかと誤解しそうになって、無理にその唇から逃れた。
『井戸に行って来る』
 振り向いて喋りはしたが、うつむき加減だったので、レオナルドが読み取ってくれたかどうか分からない。
 外に出ると、朝日が昇りかけていた。
 石を彫るのに夢中になって一睡もしないまま夜明けを迎えたことは何度もあったが、今日はこれまでとは少し違う。
 体がふわふわと浮く感じだ。
 アンジェロは井戸にもたれた。
「階段上の聖母」を盗みフィレンチェを飛び出して、最初はロレンツォの後を追う事ばかりを考えていた自分が、レオナルドの弟子になり、彼の作品作りを垣間見た。 
 そして……。
 アンジェロは、唇に触れる。
 レオナルドが口づけたのは、ミケランジェロ・ブオナティーではなく、ただのアンジェロ。
 そう思うと、浮ついていた気持ちが、すうっと冷めていく。
 彼は、本当の自分のことを何も知らない。
 フィレンチェには父や兄弟がいることも。ロレンツォ・ディ・メディチに庇護された彫刻家だということも。
 身寄りがなく、ローレンスという思い人を失った哀れな若者だと思っている。
 普通の人から見れば、アンジェロは、いや、ミケランジェロ・ブオナティーは哀れどころか恵まれていると思うだろう。
 でも、レオナルドは、アンジェロが哀れだと思ったから拾って面倒見てくれているのだ。
 真実を告げたら、自分はミケランジェロ・ブオナティーに戻らなければならない。
 そうしたらまた、茨の道を歩き出さなければならない。
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