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第四章
29:ちょっと、痛い! 痛いって!
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「全くだ。俺たちと仕事をした「岩窟の聖母」だって話題にはなっているが、依頼主の声をまるで聞いていない。レオナルドは、金色で縁取られた青色の衣装を着た聖母を天使や預言者が取り囲む基本的な構図を実は描けないんじゃないか?」
アンジェロはじっと耳を澄ませていた。
聖書外典の逸話が描かれた「岩窟の聖母」はフィレンチェでも話題になっている。依頼主のサン・フランチェスコ・グランデ教会も驚いたことだろう。教会からの依頼なのに、聖書外典を採用した絵描きなどいないからだ。大きく依頼内容からそれたその絵は、契約違反だということで裁判が今でも続いているという。
「ルドヴィゴ様にも参ったもんだ。あんな、フィオレンティーナを厚遇して」
「ああ。本当にな」
男二人はまだ文句を言いあっている。
「しかし、まあ、しょうがない。ルドヴィゴ様もロレンツォ公を目指す恥ずかしい方なんだから。彼が死んでここぞとばかりにコレクションを売ってくれとフィレンチェに文を出し、新当主となった息子に呆れられたそうじゃないか。ロレンツォ公の大葬に呼ばれないかもしれないぞ」
「にしてもその大葬、催されるのが遅いな」
話が、レオナルド、イル・モーロ、そして、ロレンツォへと移っていき、アンジェロは聞いているのが辛くなってきた。彼らの傍を離れようとすると、痩せた神経質そうな顔つきの男が加わる。
「知らないのかい? 大葬が遅れている理由を」
「やあ、ブラマンテ」
男二人が挨拶をする。
ブラマンテ?
たしか、教会の設計者の名だ。レオナルドは噂好きな奴だと言っていた。
ブラマンテと呼ばれた男は話を続ける。
「ここだけの話だけどね、フィレンチェの商人が言うには、霊廟に納める重要な品が紛失し、メディチ家の連中は必死になって探し回っているそうだ。だから、大葬の日付すら決まっていない」
「重要な品?宝石がじゃらじゃらついた首飾りか?それとも、古代ローマ皇帝が被った王冠?」
「ルドヴィゴ様じゃあるまいし!」
三人の男は、使用人が持ってきたワイングラスをめいめい取りながら、笑い出す。
―――ロレンツォ様の大葬が、日付すら?
塞がりかけていはずの心の傷がまた痛み始め、急いで広間から出た。
『霊廟に納める品って何なんだろう』
お盆にグラスを乗せた使用人がちょうどよく傍を通りがかり、その中にあったオレンジ色の液体が入ったグラスを手に取り、一気に飲み干した。
『果実水かと思ったら、サングリアかっ』
ずっと水分をとっていないせいで、すぐに酔いが回ってくる。
廊下に出て窓辺に行き夜風に当たっても酔いは引いていかない。かといって廊下にへたり込むわけにも行かず、休めそうな部屋を探して歩き出した。
どこもかしこも人がいる。知らない人と世間話をするのは苦手だ。
誰もいない部屋を探し求めてスフォルコ城の奥へ奥へと入っていくと、ようやく明かりが灯されていない部屋を見つけた。微かな月明かりが照らす部屋は応接室のようだ。ソファーと椅子がある。
ようやく休めそうだと腰を落としかけた時、扉がバンと開いた。
「この部屋なら誰もいない」
「よし、じゃあ、こっちへ来い」
複数の若い男の声がする。
アンジェロは飛び上がって、部屋の隅に隠れた。勝手に入り込んでいたのが知られたら、きっと大目玉を喰らう。
相手が居なくなるまで息を潜めて待つか、それとも隙を見計らって逃げよう。
高鳴る心臓を抑えて暗がりに立っていると、知った声を聞いた。
「ちょっと、痛い! 痛いって!」
あの声、サライだ。
アンジェロは薄闇の中、目を凝らす。
背の高い男二人に挟まれるようにして連れてこられたサライは、テーブルの上に無理やり座らされた。先ほどの男らとは別人だ。
一人の男が凄む。
アンジェロはじっと耳を澄ませていた。
聖書外典の逸話が描かれた「岩窟の聖母」はフィレンチェでも話題になっている。依頼主のサン・フランチェスコ・グランデ教会も驚いたことだろう。教会からの依頼なのに、聖書外典を採用した絵描きなどいないからだ。大きく依頼内容からそれたその絵は、契約違反だということで裁判が今でも続いているという。
「ルドヴィゴ様にも参ったもんだ。あんな、フィオレンティーナを厚遇して」
「ああ。本当にな」
男二人はまだ文句を言いあっている。
「しかし、まあ、しょうがない。ルドヴィゴ様もロレンツォ公を目指す恥ずかしい方なんだから。彼が死んでここぞとばかりにコレクションを売ってくれとフィレンチェに文を出し、新当主となった息子に呆れられたそうじゃないか。ロレンツォ公の大葬に呼ばれないかもしれないぞ」
「にしてもその大葬、催されるのが遅いな」
話が、レオナルド、イル・モーロ、そして、ロレンツォへと移っていき、アンジェロは聞いているのが辛くなってきた。彼らの傍を離れようとすると、痩せた神経質そうな顔つきの男が加わる。
「知らないのかい? 大葬が遅れている理由を」
「やあ、ブラマンテ」
男二人が挨拶をする。
ブラマンテ?
たしか、教会の設計者の名だ。レオナルドは噂好きな奴だと言っていた。
ブラマンテと呼ばれた男は話を続ける。
「ここだけの話だけどね、フィレンチェの商人が言うには、霊廟に納める重要な品が紛失し、メディチ家の連中は必死になって探し回っているそうだ。だから、大葬の日付すら決まっていない」
「重要な品?宝石がじゃらじゃらついた首飾りか?それとも、古代ローマ皇帝が被った王冠?」
「ルドヴィゴ様じゃあるまいし!」
三人の男は、使用人が持ってきたワイングラスをめいめい取りながら、笑い出す。
―――ロレンツォ様の大葬が、日付すら?
塞がりかけていはずの心の傷がまた痛み始め、急いで広間から出た。
『霊廟に納める品って何なんだろう』
お盆にグラスを乗せた使用人がちょうどよく傍を通りがかり、その中にあったオレンジ色の液体が入ったグラスを手に取り、一気に飲み干した。
『果実水かと思ったら、サングリアかっ』
ずっと水分をとっていないせいで、すぐに酔いが回ってくる。
廊下に出て窓辺に行き夜風に当たっても酔いは引いていかない。かといって廊下にへたり込むわけにも行かず、休めそうな部屋を探して歩き出した。
どこもかしこも人がいる。知らない人と世間話をするのは苦手だ。
誰もいない部屋を探し求めてスフォルコ城の奥へ奥へと入っていくと、ようやく明かりが灯されていない部屋を見つけた。微かな月明かりが照らす部屋は応接室のようだ。ソファーと椅子がある。
ようやく休めそうだと腰を落としかけた時、扉がバンと開いた。
「この部屋なら誰もいない」
「よし、じゃあ、こっちへ来い」
複数の若い男の声がする。
アンジェロは飛び上がって、部屋の隅に隠れた。勝手に入り込んでいたのが知られたら、きっと大目玉を喰らう。
相手が居なくなるまで息を潜めて待つか、それとも隙を見計らって逃げよう。
高鳴る心臓を抑えて暗がりに立っていると、知った声を聞いた。
「ちょっと、痛い! 痛いって!」
あの声、サライだ。
アンジェロは薄闇の中、目を凝らす。
背の高い男二人に挟まれるようにして連れてこられたサライは、テーブルの上に無理やり座らされた。先ほどの男らとは別人だ。
一人の男が凄む。
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