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第三章

19:マエストロ。お口が過ぎるようで

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「お前、よっぽど、自分に体に自信があるようだな」
 ひとしきり笑ったレオナルドは、続けた。 
「安心しろ。弟子は仮だ。そのうち、いい石の師匠を紹介してやる。まだ若いのにあれだけのレリーフが彫れるんだから、その才能は伸ばすべきだ。それから、サライ。お前もアンジェロという弟弟子を持つことで、少しは成長するはずだ。忙しくて真実の愛だなんだという暇も無くなる」
 レオナルドは一方的に二人に言い、使者を迎えるため寝室を出て行ってしまった。
 部屋には状況についていけないアンジェロとサライが残された。
 サライが、ギッとアンジェロを睨みつけてくる。
「勘違いするなよ? 君は、マエストロの時間潰しに使われただけ! そして、同情されただけ! さっさと出て行けよ。マエストロには僕がいるからいいんだよ!!」
 地団太を踏みながら、サライはアンジェロに食ってかかってきた。
 まるでその姿は、恋人の浮気相手を責めるそのもの。よほどレオナルドのことが好きらしい。真実の愛を見つけたと言って出て行ったくせに、矛盾している。
「サライッ! アンジェロッ! 早くっ!!」
 廊下からレオナルドの声がする。
「今、行くってばっ」
 サライが怒鳴り返す。
 アンジェロを置いてさっさと寝室を出て行ってしまったサライは、すぐに戻ってきた。
 そして、美しい顔を歪めて言う。
「マエストロが、君も来いって」
 居間には、ソファーに立派な身なりのちょび髭を蓄えた男が座っていた。髪は雨でぐっしょり濡れている。
 レオナルドは対面のソファーに座っていた。サライはさっと、炊事場に行きお茶の準備を始める。できることが無いアンジェロは、彼の傍をうろうろし、うっとおしがられた。
 ちょび髭の男は、不愉快そうに髭を整えた後、話し始めた。
「雨の中、わざわざお伺いしたのは、ルドヴィゴ様から早急にマエストロに伝えるよう要件を賜ったからです」
「食堂の壁画の件だろ?」
 レオナルドが、ソファーから身を乗り出す。
「違います。夏を祝う宴の準備が滞りなく進んでいるのかという確認と、記念騎馬像のデザインの件です」
「宴の準備は、まあ、なんとかなる。記念騎馬像の件とは何だ?」
「ルドヴィゴ様は前代未聞の大きさにしたいと」
「だから、前、説明したろ?」
 やれやれというように、レオナルドが首を振った。
「あのデザインだと、大きさはそこまで出せないって。後脚で立ち上がる姿でいいと、前にイル・モーロは承諾したよな? 模型も半分は出来上がっている」
「しかし、気が変わったようなのです」
 ルドヴィゴの使者が慇懃無礼に笑う。
 レオナルドが腕組みをした。こめかみに青筋が走っている。
「でかい騎馬像は幾多とあるが、後脚で立ち上がる姿のものはない。この世で作れるのは、おそらく、この俺、レオナルドだけだ。それを変更しろだと? だから、いつまでたってもロレンツォの二番煎じって言われるんだよ、イル・モーロは」
「マエストロ。お口が過ぎるようで」
 使者は、レオナルドの暴言にも笑顔を崩さない。
「最近は食堂の壁画に熱心と伺っております。しかし、あちらは内々の打診。本決まりではございません。なのに、コルテ・ベッキアの工房を出て、教会の敷地に住み始めるとは」
「イル・モーロがそうしろと言ったんだ」
「マエストロが、ルドヴィゴ様の前で、今まで誰も見たことのない壁画を描いてやるなんて大きなことを言うから、乗せられてしまったんですよ。今では、コルテ・ベッキアの工房から居を移すと許可したことを後悔されております」
「でも、俺は描くからな。このレオナルドに依頼したイル・モーロの名も上がる。それの何が困るって言うんだ?」
「マエストロ、頼みますよ。貴方の仕事は素晴らしいが、仕上がりが遅いことでも有名です。特に、絵が。だから、壁画に専念されては困るのです。他に仕事は抱えていませんね?」
「ああ? うん」
 使者に聞かれて、レオナルドは明後日の方向を見た。
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