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第ニ章
9:寝ろ。時間が解決する
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唇を引き結んでいると、スプーンが押し付けられた。素材は木でも熱々のミルク粥をすくっているのだから熱さは相当なものだ。
『熱っ……』
なんて大人だ。こちらは悲しみに沈んでいるのに。
こんな意地悪な人、見たことがない。
「早く食えよ。俺は忙しいんだ」
『作ってくれなんて頼んでいない』
すると、物凄い形相でレオナルドはアンジェロを睨みながら、また、スプーンを口元に寄せて来た。仕方なく口を開ける。
「これも対価で払えよな」
舌の上にミルク粥を乗せられてから言われ、噴き出してやりたい気分になった。
また、ミルク粥が掬われたスプーンが口元に寄せられる。
鋭い目に神秘的な姿をしているレオナルドは、どう見ても甲斐甲斐しく他人を世話するようには見えない。
なのに、親鳥が雛に餌を運んでくるように、何度も何度も口元にミルク粥を持ってくる。
ほんわりと腹が温かくなっていき、血の巡りが良くなっていくのを感じた。数週間ぶりにまともな食事を取り、体が喜んでいる。
生きていることを否が応でも感じ、レオナルドから顔をそらした。
「ほれ、あと一口」
レオナルドは、またアンジェロの唇に木のスプーンを押し付けようとする。それでも、応じないので、諦めてスプーンを皿へと戻した。
「ローレンスって奴のことでも、考えてんのか? うわごとで名を呼んでいたぞ」
レオナルドは唇を読み間違えたのだろう。
ローレンスではなく、ロレンツォだ。
正式な名は、ロレンツォ・ディ・メディチ。
あの人はもういないと、昨日、フィレンチェの商人に聞いた。まだ、四十三才。急な死だったらしい。
ショックでショックでたまらなくて、飲んで我を失いたかった。
気がつけば橋の手すりに立っていた。
裏切られ嫌というほど傷ついたのに、後追いするために。
これからは、彼のいない世界を一人で生きていかなくてはならないのが怖かった。
この手で作った物を恐れずに称賛してくれたのは、彼しかいなかったからだ。
気づくと、カチカチと歯が鳴っていた。
「ったく」
レオナルドは、アンジェロの体を抱くと、寝台に押し付けてくる。
なんだか、ものすごく手慣れていた。
「寝ろ。時間が解決する」
本格的に寝台の中に入ってきて、ブランケットを引っ張り上げ、乱暴な手つきでアンジェロの頭を撫でた。
アンジェロは眠るのを嫌がって首を振る。また、不埒な夢を見るに違いない。
「うなされたら、なんとかしてやる」
背中を軽くぽんぽんと叩かれる。
なんとかしてやる、だなんて見知らぬ他人のくせに。
もう誰にも頼りたくない。信じたくないのに……。
どうにもならなくなって、レオナルドに縋っていた。
「鼻水、つけんなよ」
レオナルドはそう言いながらも、アンジェロの額をしっかり胸元に押し付ける。
自分は拾われた子猫のようだと、泣きながら思った。
けれど、拾ってくれた相手のことを信じられなくて、バリバリと爪を立てて嫌われようとしていたのだ。
アンジェロはこれまで三度、師匠に捨てられていたのだから。
『熱っ……』
なんて大人だ。こちらは悲しみに沈んでいるのに。
こんな意地悪な人、見たことがない。
「早く食えよ。俺は忙しいんだ」
『作ってくれなんて頼んでいない』
すると、物凄い形相でレオナルドはアンジェロを睨みながら、また、スプーンを口元に寄せて来た。仕方なく口を開ける。
「これも対価で払えよな」
舌の上にミルク粥を乗せられてから言われ、噴き出してやりたい気分になった。
また、ミルク粥が掬われたスプーンが口元に寄せられる。
鋭い目に神秘的な姿をしているレオナルドは、どう見ても甲斐甲斐しく他人を世話するようには見えない。
なのに、親鳥が雛に餌を運んでくるように、何度も何度も口元にミルク粥を持ってくる。
ほんわりと腹が温かくなっていき、血の巡りが良くなっていくのを感じた。数週間ぶりにまともな食事を取り、体が喜んでいる。
生きていることを否が応でも感じ、レオナルドから顔をそらした。
「ほれ、あと一口」
レオナルドは、またアンジェロの唇に木のスプーンを押し付けようとする。それでも、応じないので、諦めてスプーンを皿へと戻した。
「ローレンスって奴のことでも、考えてんのか? うわごとで名を呼んでいたぞ」
レオナルドは唇を読み間違えたのだろう。
ローレンスではなく、ロレンツォだ。
正式な名は、ロレンツォ・ディ・メディチ。
あの人はもういないと、昨日、フィレンチェの商人に聞いた。まだ、四十三才。急な死だったらしい。
ショックでショックでたまらなくて、飲んで我を失いたかった。
気がつけば橋の手すりに立っていた。
裏切られ嫌というほど傷ついたのに、後追いするために。
これからは、彼のいない世界を一人で生きていかなくてはならないのが怖かった。
この手で作った物を恐れずに称賛してくれたのは、彼しかいなかったからだ。
気づくと、カチカチと歯が鳴っていた。
「ったく」
レオナルドは、アンジェロの体を抱くと、寝台に押し付けてくる。
なんだか、ものすごく手慣れていた。
「寝ろ。時間が解決する」
本格的に寝台の中に入ってきて、ブランケットを引っ張り上げ、乱暴な手つきでアンジェロの頭を撫でた。
アンジェロは眠るのを嫌がって首を振る。また、不埒な夢を見るに違いない。
「うなされたら、なんとかしてやる」
背中を軽くぽんぽんと叩かれる。
なんとかしてやる、だなんて見知らぬ他人のくせに。
もう誰にも頼りたくない。信じたくないのに……。
どうにもならなくなって、レオナルドに縋っていた。
「鼻水、つけんなよ」
レオナルドはそう言いながらも、アンジェロの額をしっかり胸元に押し付ける。
自分は拾われた子猫のようだと、泣きながら思った。
けれど、拾ってくれた相手のことを信じられなくて、バリバリと爪を立てて嫌われようとしていたのだ。
アンジェロはこれまで三度、師匠に捨てられていたのだから。
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