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第一章

6:大人しそうな顔して……

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「念のため、薬は十個用意した。余ったら返せ。本当なら、身投げするような者には使いたくない高価な薬だ」と廊下から声が聞こえてきた。
 レオナルドは、椅子を持って来て寝台の横に座り、アンジェロを見つめる。
「俺はマルリシオが言う通り、困難に身を投じるのが趣味なのかねえ」
 独り言を言うと、声に反応したのかアンジェロが首を左右に振った。
「痛むのか?」
 問いかけると、アンジェロは体を丸めて苦しみ始めた。
 レオナルドは、マルリシオから貰った薬を一包取り出し、水差しからグラスに水を注ぐ 
「薬だ」と声を掛けてみたが、瞼が開けられる様子はない。軽く頬を叩いてみる。揺さぶっても瞼は開かず、逆に眉間に皺が寄り始める。
「アンジェロ。目を開けろ。じゃなきゃ、お前が望まない形で薬を飲むことになるぞ」
 何度か声を掛けてみたが、無駄だった。
「熱まで上がってきやがったな」
 どんどん熱くなる身体に、レオナルドの眉間にまで皺が寄り始める。
 包みを開け、水の入ったグラスを暫く眺めた。「何で、俺がこんなこと」とぶつくさ言いながら、粉薬を口に含む。そして、一気にグラスの水をあおった。
 歯を食いしばっているアンジェロの顎の付け根を掴んで、口を開けさせる。気道をしっかりと確保し、唇を合わせた。
 ゆっくりと水を流し込んでやる。
 冷たい水に驚いたのか、レオナルドの腕の中で体がびくっと痙攣した。体を左右に振って逃れようともがく。
 レオナルドは唇を離さずに、火照った頬や額を撫でてやる。あやし続けていると、ようやく安心したのか、ふうっと体から力が抜けていった。
 レオナルドの腕に、アンジェロのどっしりとした重みがかかる。
 ……重い。こいつ、どれだけ体重があるんだ。
 口の中の水が残り少なくなり、その分、アンジェロの唇を感じる余裕ができてきた。
 酒場で寝顔を見たときも思ったが、ぽってりとした唇は弾力があって悪くない。
 おどおどした態度を治せば、それなりにモテて楽しい人生を送れるだろうに。
 水を注ぎ終えて唇を離すと、閉じた瞼に水滴が滲み出てきていた。
 唇が動いているが声は出ていない。ずっと、同じ動きが続いた。
「ロゥ……レ……様??」
 読唇術はできないが、器用さには自信がある。
 名前を呼んでいるようだ。ローレンス、だろうか?
 様と敬称と付けているから、身分違いの恋をしていたのかもしれない。
「お前を身投げに向かわせたのって、もしかしてそいつか? 馬鹿だな、お前は」
 切なさを覚えて、レオナルドはアンジェロの髪を撫でてやった。すると、アンジェロは腕に縋りついてきて、弾力のある唇で口づけを繰り返す。
 未完成な色香を放ち始めた青年に、「大人しそうな顔して……」とレオナルドは呟く。
 体がでかいだけの子供。
 そう思っていたのに、意外な面を知ってしまい、心にまたさざ波が立った。
 それから三日間、アンジェロは眠り続けた。寝室を訪れる度に目尻に涙を零しているので、拭ってやるのが日課になった。度々、苦しむので、口移しで薬も与えてやる。薬の包みは、一個、二個と減っていく。
 今日、目覚めなければ、マウリシオに相談しないと、と内心思いながら顔を覗き込むと うっすらと瞼が開かれた。黒い瞳は最初、どこにいるかわからないというように不安げに蠢いていた。
「水はどうだ? 喉、乾いているだろう?」
 レオナルドは、小机にあったグラスを持ってくる。自分でグラスを持とうとしたアンジェロは、包帯が巻かれた両手に気付き、罰の悪そうな顔をした。しかし、よほど喉が渇いていたのか、後頭部を支え起こしグラスを口元に持っていくと、凄い勢いで飲み干してく。
「少し話をさせてくれ」
 再びアンジェロを寝かせ、レオナルドは寝台の傍らに座った。
「俺の名前はレオナルド。フィオレンティーナだ。ミラノに来て、十年になる。ナヴォリ地区の酒場で会ったのは覚えているな?」
 アンジェロが、申し訳なさそうに頷く。
「ここは、サンタ・マリーア・デッレ・グラーツェ教会。その敷地にある葡萄小屋だ。俺が教会の仕事をしているので、住居兼作業部屋として使わせてもらっている。俺の自己紹介は終わりだ。今度はお前の話を聞こうじゃないか」
『……オレ……?』
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