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第十章 バロン

212:アン女王が思い出せと差し出した記憶だ。

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だが、やって来なかったら?
配送ドローンは、飛行区域が決まっている。飛行区域から外れると、テロおよび有害物体とみなされ、監視ドローンに人間のいない場所に追い詰められ、最後にはうち落とされる。
だから、飛行区域以外を飛べない。
議会が緊急宣言を出してしまえば、その飛行区域も飛べなくなる。
配送ドローンがやってこないとなれば、ケビンに怖いものはない。
さっさと、ルシウスの記憶をスクリーニングして、エドワードをここぞとばかり叩きにくるだろう。
バロンは、バルコニーから自分の部屋へと入っていく。
そして、ベリルに声をかけた。
「さっきベリルは、ケビン首相にオレたちの記憶を消させるよう仕向けるんだって言ったよね」
「ああ、言った」
ベリルは写真から顔を上げ、バロンを見た。
「それは、どういう意味?」
すると、ベリルは顎に手を当てて言葉を選んでいる。
「あいつ、矛盾しているから、その矛盾を全世界のドメインと人間に見せてやれば、永久に黙らせてやることができるかと思って。ドメイン共存って声高に言う人間が、影ではオレを殴ったり、犯したりするんだぜ?」
バロンはたまらずベリルを抱きしめた。
リッチモンドのアジトから、彼を連れ出したとき、顔や体に暴行の痕があった。
でも、それ以上にこともされていたとは。
すると、ベリルが気にするなというように、バロンの背中を叩いて来る。
「アン女王が思い出せと差し出した記憶だ。しょうがないよ。けど、昔みたいにオレ、悲劇の真っただ中にいるドメインじゃないから。なんか、誰かを守んなきゃと思うと、悲しい過去に溺れている暇が無くなる」
「……ベリル」
真っ直ぐな心を持っているがゆえに、どこかもろいところがあったベリルが、変わった。強くなったとバロンは思った。
ベリルは続ける。
「本体のことは嫌いだけど、あいつが、結構辛い目に遭ってきたんだって知ったら、これ以上は嫌いになれなくなった。テロでのケガだって、心と身体に大ダメージだったろうに。
その上、ドメインを母親と思わなければならかった」
ベリルは、完敗という顔で笑った。
「王太子として、いや、実質はもう国王のようなものか。十二、三歳で一国を背負わなければならなくて、それって想像もつかないほど大変なことだったと思う。けど、あいつ、投げ出さないんだ。俺が前、そんなに国王になりたいのかよ、威張り散らしたいんだなって言ったとき、あいつ、怒った。そして、こう言った。私以外に誰がやるんだって。オレは本体の複製だけど、じゃあ、オレがその過去やプレッシャーに耐えれるかっていうと、絶対に無理だ。こんな状況でも、真の国王になるっていう義務を果たそうとするかっていうと不可能だ。本体だからできることだ。だから、複製は複製なりに、ちょっとは援護してやろうかと思ってさ」
「そうだね」
バロンは、深く頷く。 
「ケビン首相の矛盾をつくなら、直接会うのが一番だと思う」
「オレたちも、議会に乗り込む?矛盾したことをそこで喋ってくれて、録音できれば、あいつは一瞬でアウト」
「ケビン首相に会う前に、きっと厳しいドメインチェックを受けるよ。盗聴、盗撮をなによりも恐れているだろうし」
バロンは、スチュワートが最後に渡してきた写真をテーブルの上から取り上げた。
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