上 下
207 / 281
第九章 ベリル

206:私たちは繋がっている。個人の記憶が消去されようと、共有した記憶は失われない

しおりを挟む
「……はい」
バロンは、声を震わせて返事をした。
「オレたちを呼んだ理由は?」
ベリルが聞くと、アンは苦しそうな呼吸を始めた。
「この体は、元々頑丈にはできていない。テロや第三次世界大戦で、心が痛み、身体にも影響を及ぼしている。だから、このザマだ。手短に言う。世界が私が望まぬ方向に向かいつつある。お前たちに、修正を手伝って欲しい」
「修正?……どういう意味ですか?」
「今から、説明する。バロンは逆側に周り、二体とも、私の傍に寄り添いなさい」
バロンが逆側に移動している間、ベリルは呟く。
「アン女王、まるで、男の人みたいだ。オレの本体に、喋り方がそっくり」
「私の肉体は女だが、精神は男でも女でもない、中性的な存在だ」
「こちらで、いいですか。アン女王?」
バロンの問いかけに、アンは頷くと、二人の頬に手を当てた。
「手が凄く熱いよ」
「こんなにお熱が高いなら、早くカプセルでお休みを」
心配する二人の声を、アンは遮った。
「保管されていた記憶を一部だけだが持ってくることができた。ベリルは比較的新しいドメインなので造作なかったが、バロンはなかなか骨が折れた」
「……これ、すごいっ。アンプルをインストールしたときみたいに、記憶が流れ込んでくる」
バロンが、目を見開いて叫ぶ。
一方、アンプルをインストールしたことがないベリルにとって、記憶を入れられるのは初めての経験だった。
まるでシャボン玉のように、脳内が過去の記憶でいっぱいになる。
小さな部屋で、カプセルから出された瞬間、ケビンに執拗に何度も殴られたこと。
アーサーには言えない、無体なことを彼にされたこと。
ツバをかけられ足蹴にされ、犬の皿で食事をとらされこと。
「オレ、ケビンって奴を、ダニエルのラボにいるとき、ルシウスにタブレットを見せてもらったときから、嫌な奴だって思っていた。その思いは、間違えていなかった」
「……ああ、……そうだな」
少し苦し気に、アンは答える。
アンの向こうにいるバロンは、静かに涙を零していた。それを拭いもせず、ベリルに説明する。
「軍のラボでの記憶だったよ。ルシウスもクリストファーさんもいた。俺は、クリストファーさんのことを、クリストファーって呼んでいた。そして、ケビン首相が、言ったんだ。鹿の園に行くか、廃棄になるかどちらかを選べと。その後、ダニエル元伯爵の御父様がこっそり教えてくれた。スクリーニングして記憶が失われてしまうから、忘れたくない記憶はボイスメモにしておけと。でも、俺はケビン首相に捨てられたのが悲しくて、ボイスメモを残さない道を選んだ」
ここで、バロンは自分が泣いていることに気付き、涙を拭った。
「アン女王。この記憶はどうやって?スクリーニングが甘いと記憶が戻ることはありますが、どうしても飛び飛びになりがちです。でも、この記憶は違う」
「私たちは繋がっている。個人の記憶が消去されようと、共有した記憶は失われない」
「繋がって……?」
アンが苦しそうに呼吸を始めた。
「私はこれより、再度、仮死状態になる。今よりもずっと重篤なものだ」
そして、ベリルの頬を数度擦った。
「大きな息子と協力して、修正を。彼が選択を間違えなければ、エラーは回避され、正しい道に戻る」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。 なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。 ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。 とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。 だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。 なんで!? 初対面なんですけど!?!?

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

処理中です...