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第八章 ルシウス

188:万年騎士クラスの男娼で有名だから、それで知ったのかな?

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「嫌だ、嫌だ!もう……」
ルシウスはクリストファーの手から逃れようと、走っていた。だが、身体はなかなか進まない。
額に冷たいものが飛んできた。
意識が覚醒し、ルシウスの目がパッと見開かれる。
「大丈夫?」
ルシウスの額に濡れたタオルを当てながら、男が聞いてきた。
手は戒められたままなので、ルシウスは黙ってその行為を受け入れた。
「……君は?」
顎先まで整えた茶色い髪。気弱そうな笑顔。そう、彼はバロンだ。
「ア、アアッ」
見知った顔が傍にあって、心底安心したルシウスは、拘束された両手を伸ばしてバロンの服を掴む。
「バロンッ!バロンッッ!!」
思い切り叫ぶと、バロンは悲しいことを言った。
「やあ、初めまして」
「―--え?」
バロンは少し照れた顔で笑っている。
「君、新人デビューもまだなのに、オレのことを知っているの?」
「知ってるも、何も」
ラボで一緒だったじゃないか。
ケビンに、可愛がられていたじゃないか。
初めましてなんて悲しいこと言うなよ!
しかし、悲しさで喉が締め付けられて、きちんと声にならない。
「万年騎士クラスの男娼で有名だから、それで知ったのかな?」
バロンはルシウスの額にタオルをを当てながら、優しい顔で笑う。
「俺の部屋、すぐ近くなんだ。ここは教育部屋で、クリストファーさんとかがよく使うんだけど、君の悲鳴が尋常じゃなくて」
クリストファーさんって何だよ。
ラボで、クリストファーって呼んでたじゃないか。
ルシウスは叫びそうになって、やがて言葉を飲み込む。
ああこれが、スクリーニングを受けるということか。
ラボで一緒に過ごしたルシウスのことも気づかず、クリストファーへの親しい呼び方も他人行儀なものに変わる。
「そんな泣きそうな顔をしないで」
とポンポンとバロンがルシウスの肩を叩く。
もう記憶のないバロンに、ルシウスの悲しみの真意は伝わらない。
「クリストファーさんは暴力は振ったりしないはずだから、従順にしていればいいよ」
「従順って何?」
「俺たちは、物。自分の身体なのに、体液を勝手に出すことも、触ることも許されない。それをコントロールするのはお客だ。クリストファーさんはそれを覚え込ませようとしているんだ。だから従順に。この教育期間が終わってのお客の相手は、はるかに楽だよ。あ、クリストファーさん、帰ってくる頃かな。それじゃあ、またね。俺が来たことは内緒にして。タオル、どうする?いる?」
「うん。気持ちがいい」
「じゃあ、このままね。でも、クリストファーさんが帰って来たら、ベッドの裏にでも放り投げて」
バロンが去りかける。
「あの、バロン」
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