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第五章 アーサー
116:旅行に出かけよう。トランクを準備して
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「頼む。決断してくれ。こいつは生きるか死ぬかの瀬戸際だ」
そう言われて、目の前が滲んだ。
「アーサーと過ごした記憶は大事だろうが、未来だって大事だろうっ!!」
そうダニエルに言われ、アーサーはボタボタと涙をタブレットの画面に零しながらサインをする。
ダニエルが、真っ赤なアンプルを取り出して来て目の前で振った。
左手だけカプセルの専用口から取り出して、ダニエルがアンプルを注入していく。
「シファーチェ。ごめんねっ。もっと早く帰ってくれば良かった。もっと早く君を買い取っておけばよかった」
「アーサー。お前のせいじゃない。カプセルに入れて解析データを見たら、目覚めて約半年の身体なのに、相当細胞が痛んでいる。もう限界だったんだ。だから、無理してお前のところにやってきたんだ」
「彼は、大丈夫だよね?また、目覚めるよね?」
「今は五分五分というところだ。痛んだ細胞を取り除こうとすればするほど、記憶もごっそり消えてしまう。お前のことは覚えていないと思った方がいい。目覚めたら、初めましてってこいつ言うだろうから、悲しいかもしれないが、お前も初めましてって言ってやれ」
ダニエルにそう言われ、アーサーはシファーチェの入ったカプセルの前で、崩れ落ちた。
ダニエルは黙ってカプセルを見つめている。やがて、静かに口を開いた。
「アーサー。スクリーニングはドメインにとって死じゃない。再生だ。こいつは男娼時代の嫌な記憶だって忘れることができる。泣かないで祝ってやろうぜ」
アーサーの隣りで、ベリルと名を変えたシファーチェが、楽しそうに、自分と同じ名前の石を光りにかざしている。
彼はシファーチェと同じ年だが、対人経験が不足しているせいか、少し幼い。
天真爛漫で、自分と倍以上の年齢差のある人間と会っても物怖じしない。
一方、純粋で透明感のあったシファーチェは、壊れ物を扱うような繊細さがあった。
同じ少年なのに、中身は違う。
かといって、アーサーはシファーチェとベリルを、全く違う少年ととらえている訳ではない。
根本は同じ。
昼の太陽光の下では、青緑色に。夜の蛍光灯の下では赤色に輝くアレキサンドライトといいう宝石を見ているような、そんな思いで接している。
「なあ、アーサー。暫く商用に出ないんだろ?じゃあ、何して遊ぼうか?オレ、ずっとお喋りでもいいよ」
ベリルが微笑んで、宝石を銀の箱に戻した。
『ヒンッ』と窓の外から、馬の嘶き声がする。
アーサーは立ち上がって、道路の方を眺めた。
隣家とアーサーの屋敷のちょうど真ん中あたりに馬車が止っている。
外装は白色だが、木々に邪魔されて詳細は見えない。
隣家のマダムが出かけるのだろうか。……それとも。
嫌な想像が駆け巡り、アーサーは椅子に座っているベリルを立たせた。
「どうしたんだよ?」
「旅行に出かけよう。トランクを準備して」
「行き先は?」
ウォークインクローゼットを焦った手つきで開けるアーサーに、問いかけるベリルの声が戸惑っている。
オールドドメインを連れて海外に出るのは、厳しいセキュリティーチェックを受けなければならないから難しい。
なら、英国の片田舎は?
そう言われて、目の前が滲んだ。
「アーサーと過ごした記憶は大事だろうが、未来だって大事だろうっ!!」
そうダニエルに言われ、アーサーはボタボタと涙をタブレットの画面に零しながらサインをする。
ダニエルが、真っ赤なアンプルを取り出して来て目の前で振った。
左手だけカプセルの専用口から取り出して、ダニエルがアンプルを注入していく。
「シファーチェ。ごめんねっ。もっと早く帰ってくれば良かった。もっと早く君を買い取っておけばよかった」
「アーサー。お前のせいじゃない。カプセルに入れて解析データを見たら、目覚めて約半年の身体なのに、相当細胞が痛んでいる。もう限界だったんだ。だから、無理してお前のところにやってきたんだ」
「彼は、大丈夫だよね?また、目覚めるよね?」
「今は五分五分というところだ。痛んだ細胞を取り除こうとすればするほど、記憶もごっそり消えてしまう。お前のことは覚えていないと思った方がいい。目覚めたら、初めましてってこいつ言うだろうから、悲しいかもしれないが、お前も初めましてって言ってやれ」
ダニエルにそう言われ、アーサーはシファーチェの入ったカプセルの前で、崩れ落ちた。
ダニエルは黙ってカプセルを見つめている。やがて、静かに口を開いた。
「アーサー。スクリーニングはドメインにとって死じゃない。再生だ。こいつは男娼時代の嫌な記憶だって忘れることができる。泣かないで祝ってやろうぜ」
アーサーの隣りで、ベリルと名を変えたシファーチェが、楽しそうに、自分と同じ名前の石を光りにかざしている。
彼はシファーチェと同じ年だが、対人経験が不足しているせいか、少し幼い。
天真爛漫で、自分と倍以上の年齢差のある人間と会っても物怖じしない。
一方、純粋で透明感のあったシファーチェは、壊れ物を扱うような繊細さがあった。
同じ少年なのに、中身は違う。
かといって、アーサーはシファーチェとベリルを、全く違う少年ととらえている訳ではない。
根本は同じ。
昼の太陽光の下では、青緑色に。夜の蛍光灯の下では赤色に輝くアレキサンドライトといいう宝石を見ているような、そんな思いで接している。
「なあ、アーサー。暫く商用に出ないんだろ?じゃあ、何して遊ぼうか?オレ、ずっとお喋りでもいいよ」
ベリルが微笑んで、宝石を銀の箱に戻した。
『ヒンッ』と窓の外から、馬の嘶き声がする。
アーサーは立ち上がって、道路の方を眺めた。
隣家とアーサーの屋敷のちょうど真ん中あたりに馬車が止っている。
外装は白色だが、木々に邪魔されて詳細は見えない。
隣家のマダムが出かけるのだろうか。……それとも。
嫌な想像が駆け巡り、アーサーは椅子に座っているベリルを立たせた。
「どうしたんだよ?」
「旅行に出かけよう。トランクを準備して」
「行き先は?」
ウォークインクローゼットを焦った手つきで開けるアーサーに、問いかけるベリルの声が戸惑っている。
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なら、英国の片田舎は?
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