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第三章 エドワード

82:ア……アン女王

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息が上がる。
気持ちが悪い。
執務室を出て、自室に戻ろうとした。五十メートルほどの距離を壁にもたれながら歩くうちに、逆方向に進んでいるのが分かった。
「クソッ」
動揺しすぎだ。
落ち着けと自分に言い聞かせるが、怒りで興奮し呼吸は荒くなる一方だ。
エドワードは、床に崩れ落ちる。
こんな無様な姿、誰にも見せたくない。
立ち上がろうとするが、身体は鉛のように思い。
「殿下?」
遠くでバロンの声がする。
「殿下っ!!」
ああ。そんなに悲鳴を上げるな、大丈夫だから。
そう伝えたいが、言葉にならない。
バロンが駆け寄って来て、エドワードを抱き起しにかかった。
「どうされたのですか?すぐに医師を」
「……いい」
エドワードは呻きながら言った。
「でも、苦しそうです」
廊下の奥の方からメイドたちの声が聞こえて来て、エドワードはバロンに命令した。
「どこか……適当な部屋に」
「は、はい」
エドワードの手を肩に回したバロンはすぐ傍の部屋に入っていく。
手を手術したばかりで痛むだろうに、バロンは必死だ。
薄暗がりに、ベッドやソファーの形がぼんやり見える。
しかし、そこまで歩いていく気力は無かった。
「もう、ここでいい」
エドワードは、絨毯に座り壁越しにもたれた。
ハアッ、ハアッ、ハアッと息が上がり続ける。
「バロ……ン。シファーチェ、生きて」
「殿下。苦しいなら、喋らないでください」
ああ、どうしようとバロンは混乱している。
ふいに窓辺で女の声がした。
「過呼吸よ。この子、子供の頃から興奮しすぎるとこうなるの」
「黙れ、……女っ」
情けない威嚇に、窓辺の女性がふっと笑った気がした。
よりによって、この部屋か。
意識が途切れそうになる中、エドワードは思った。
「横たわって手で口元を押えて。自分の空気を吸いなさい」
エドワードより女性の指示に従った方がいいとバロンは判断したのか、エドワードと寝かせると、後頭部を膝の上に置く。
「殿下、失礼します」
こんなときでも律儀に気を使って、エドワードの口元を押えた。
バロンの手に巻かれて包帯の感触や、指先の温かさを感じる。
自分が吐き出した息を吸い込むと、ゆっくりと呼吸が楽になっていく。
床にドレスを引きずる音がして、女性がエドワードたちの傍らに片膝をついた。
エドワードが呼吸するのをゆっくりと見守っている。
女性は闇に溶けるような黒づくめの格好をしていた。
「ア……アン女王」
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