【完結】王と伯爵に捧げる七つの指輪

遊佐ミチル

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第三章 エドワード

75:お前の客は、プチ菓子の手土産を持って来たということか?

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「俺も、オールドドメインの核細胞データは、軍人や研究者のものと聞いてきたのに。勘違い……かな?」
そう言いつつも、バロンはまだ不思議な顔をしている。
けれど、答えは出て来そうになかった。
エドワードはまた別の質問をする。
「私は、不自由な身分のせいで、鹿の園に行ったことがない。だから、聞いてもいいか?」
「はい」
「鹿の園の客は、ただ来て寝るだけなのか?」
「オペラや演劇の鑑賞に出かけたり、乗馬したり、デパートに出かけたりと、買った時間内であれば、どこにでも行けましたよ。ルシウスなどランクの高い男娼は、バカンスで異国に何度も行っているはずです」
エドワードは、少し安心した。違法娼館よりは、バロンはまともな生活を送っていたのだろうと思ったのだ。
「お前も出かけたのか?」
質問すると、さっとバロンが顔を赤くした。
「俺にはそんな贅沢は」
「何もか?」
もう聞かないでくれというように激しく頷いたバロンだったが、ずいぶん経ってから小さな声で言った。だが、エドワードにはよく聞こえない。
「悪い。何だって?」
「プ、プチ菓子」
「お前の客は、プチ菓子の手土産を持って来たということか?」
オペラ、演劇、乗馬、デパート。
それと比べると随分な差だ。
コメントを控えていると、バロンが顔を上げて情けない顔で笑った。
プチ菓子を持って来たのは、おそらくリッチモンドという伯爵だろう。
彼がバロンをそそのかし、王立細胞研究所から機密データが持ちださせた。
当初から、リッチモンドには疑いがかかっていた。
名前も爵位も名ばかりで、ハッキングで小銭稼ぎをするほど赤貧にあえいでいたのだ。
原因は、度を越した鹿の園通いだ。
エドワードは、脳裏にタブレットで何度も見たリッチモンドの冴えない顔を思い出す。
どう見ても、彼は小物だ。
親の残した資産と爵位しか持たない小物が、王立細胞研究所から機密データ持ちだしなどバレたら確実に貴族社会で生きられなくなるようなことをするわけがない。
絶対に黒幕がいる。
王立細胞研究所にバロンを入り込ませることができたのも、内部をよく知る者がいなければ不可能だ。
機密データが持ちだされてから、バロンが鹿の園に放火するまでの半年間、王立警ら隊と警察はリッチモンドを泳がせたが、黒幕には辿りつかなかった。
鹿の園放火事件の直後、警察はリッチモンドを、ドメイン扇動罪で逮捕し収監。
禁止されてる自白剤を使用しての取り調べを行ったが、耐用を超えるスクリーニングが何者かによって施されており、リッチモンドの口から黒幕の名前が出ることはなかった。
元々心臓に持病を抱えており、収監先で獄死。享年五十四才。
「プチ菓子を持って来たのは、リッチモンドという伯爵か?」
頷きながら、バロンは言った。
「あの、俺、殿下が今、考えていること、分かっています。あの人が他の男娼にしたことに比べて、プチ菓子なんて本当に些細なものだって。でも、俺みたいな売れない男娼にプレゼントしてくれる人はいなかったから嬉しかったんです。そんなだから、付け込まれてしまったんでしょうね」
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