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第ニ章 ベリル

37:ベリル……だね?

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「いいって、止めろよ」
ベリルは、ルシウスを止めようとするが、彼は片手で耳を塞いで通信機を守り、もう片方の手でベリルを押し返してくる。
「あ、アーサー?」
通信が繋がって、ベリルは動きを止めた。
ルシウスはチラリとベリルの顔を見た後、喋りはじめる。
「もう一週間だよ?観念して、ベリルを迎えに来て。何やら欲しいものがあるんだってさ。おねだりされたらお詫びに買ってあげ、あっ、切りやがった」
ルシウスは肩をすくめながら言う。
「ごめーん、ベリル。失敗だったみたい」
「だから、止めろって言ったのに」
ベリルはルシウスを置いて、部屋を離れた。
目覚めて一週間。
所有者のアーサーという男は、ベリルを迎えにくる気配がない。
二十七歳の宝石商で、ベリルを助手として使いたいそうだ。
けど、目覚めさせておいて放置しっぱなしなんて、本当にタチが悪い。
「何、ぼんやりつっ立ってんだ?」
ヨレた白衣を着た髭面の男が、疲れた顔で廊下を歩いて来る。
名前はダニエル。年齢はアーサーより二つ年上の二十九才。このラボの所長。
以前、教わったことを反芻する。
アンプルという注入データを使えば、即座に色んなことを覚えることが可能だが、ベリルには入っていない。アーサーの方針だそうだ。
お蔭で、服の着方から食事のマナー、挨拶の仕方など、覚えることが多くて大変だった。
「お前、休憩室に行くか、私館に行け」
ダニエルはベリルを追い払おうとする。見せたくないものがあるらしい。
「分かった」と素直に頷くと、彼はアレックスのカプセルがある部屋へと、重い足取りで入って行った。
ベリルはこっそり跡をつけ、部屋を覗き込む。
ダニエルは、頭を下げ目を瞑ってカプセルに数十秒手を当てていた。
何度か見たことがある。
彼なりの別れの儀式だ。
部屋にいたルシウスが、またタブレットをいじっていた。目を離さずに聞く。
「所有者が、資金打ち切った?」
「いや。昨晩から、生身体反応がほとんど感じられない。回復するかと思って待ってみたんだがな」
ダニエルがカプセルのボタンを操作し、最後に下部にあるスイッチを切る。
カプセルごと運び出されるアレックスを見たくなくて、ベリルは他の部屋に飛び込んだ。
そこでは、目覚めたばかりの少年オールドドメインと所有者が喜び合っていた。
所有者は少年の頬に手を当て、少年は目を細めてうっとりしている。
幸せを見せつけられて、ベリルは踵を返した。
廊下に出て、壁にもたれる。
ラボもダニエルの私館も、ルシウスが縄張りを持つ猫みたいに力を見せつけてきて、ベリルに居場所はない。
でも、一人になるのは嫌なので、ラボで目覚めないオールドドメインの顔を見ている方がまだましだった。
暫く黙って突っ立っていると、カチャッと扉が開く音がした。
そちらを見ると、ラボの玄関口に丈の長いスーツを着た背の高い男が立っているのに気づいた。
男は、廊下の壁にもたれて立っているベリルに、ハッとした顔をする。
「ベリル……だね?」
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